一海の家で隆二を待っていたのは、 『そこに正座して、今すぐ』 冷たい声を出す、真緒だった。言いたいことはいろいろあったが、後ろめたいことの方が多すぎた。素直に畳の上に正座する。 円と沙耶は、部屋の隅でそれを眺めていた。 『何か、言い訳することはある?』 霊体に戻った真緒は、ふよふよと浮きながら隆二を睨みつけてくる。 「ええっと、その、ほら、元気だし」 『そんな血の汚れがついて、破れた服着て、元気もへったくれもないでしょうがっ!』 「はい、すみません」 一瞬、おどけて話をそらしてみることを試みた隆二だったが、怒鳴られてすぐに頭を下げた。 いくらなんでも今回は、自分に非がありすぎる。 『ねぇ、あたしがなんで怒ってるか、わかってる?』 「怪我をしたから」 『違う! 怪我をしたことじゃなくって、怪我をしてもいいやって思ってるとこ! それから、嘘をついたこと!』 「だって、本当のことを言ったら怒るだろ?」 まあ、今嘘だったことがバレて、怒られてるけど。 だが隆二にしては当たり前のことを言ったところ、さらなる地雷を踏んだ。 『怒るに決まってるでしょ! 心配してるの! なんでわかんないの!』 真緒が体の横で握りこぶしを作り、体全体で叫ぶ。 「いやー、それは怒るでしょ」 背後で円が呟いた声がする。あんたも同じ隠そうとした組じゃないか、何、部外者気取ってんだよ。 『多少の怪我は仕方ないと思うよ、そういうお仕事だもん。それに、隆二だから、大丈夫だろうって思ってるところが、あたしにだってある。だけど、嘘をつくのは違うじゃないっ。それはずるいよ、裏切りだよ。あたしにはなんにも出来ないけど、心配ぐらいちゃんとさせてよ』 「あー、はい、すみません」 「全然すまないって顔してないわよね」 後ろの外野は黙ってろよ。 『怪我だって、すぐ治るからいいかもしれないよ? だけど、相手がエクスカリバーを持ってたら、どうするの?』 その名前に、ドキッとする。研究所が作った、実験体を抹消するための武器の名称。かつて真緒の右腕を奪ったもの。隆二の永遠も、真緒の永遠も奪ってしまう、この世で一番恐ろしいもの。 『あたし、永遠に隆二と一緒にいるって、約束したよね? だったら隆二も守ってよ、約束を』 ああそうだ。もしも今回、一条がエクスカリバーを持っていたら、自分は真緒の元に帰れなかったかもしれないのだ。 「ごめん、真緒。ごめんな、本当に」 今度の謝罪は、心から素直に出た言葉だ。 真緒の右腕が欠損した事件。あの時、真緒がいなくなって、隆二は本気で心配したし、あちらこちらを探し回った。それと同じように、真緒を心配させていたのだと、気づいた。真緒の場合は、自分で探すこともできず、待っているしか出来ないのだから、その分つらさは大きいだろう。 手を伸ばし、真緒の左手に触れる。そのまま軽く引っ張ると、真緒は素直に隆二の前まで身を下ろしてきた。 「ごめん、気をつける。怪我をしないように。もしも、怪我をしたとしても、もう嘘はつかない」 『……本当に?』 「ああ。だから、真緒」 手のひらを、彼女の頬に移動させる。 「泣くなよ」 言うと、真緒の顔はさらにくしゃりと、泣きそう歪んだ。 『泣いてないもん』 怒ったように答えたものの、隆二に抱きつくようにする。 『でも、約束して。気をつけてね、嘘はつかないで』 「ああ、約束する」 ぐずぐずとした涙声をなだめるためにも、その頭をゆっくりと撫でながら隆二は頷いた。 なんだか目の前で急にべたべたしだした二人を見て、円は小さくため息をついた。たまに思うのだが、この二人は距離感がバグっている。そっけないかと思いきや、そこらの恋人よりもイチャイチャする時があって、こちらは目のやり場に困る。 そう思いながら隣の沙耶に目をやる。むすっと結ばれた口元。この感じは、やっぱり……。 「あんたも、怒ってる?」 「怒ってるのもあるけど……呆れてる。円姉のことだから、何か油断があったんでしょ? 神山さんが居てくれたからいいけど……」 「私を買い被ってるのか、バカにしてんのか、微妙ね」 素直に強敵だったと思ってくれてもいいじゃないか。まあ、油断したけど。 「ねぇ、円姉。何か、隠してない?」 「何かって?」 動揺を外に出すほど、愚かではない。間髪入れずに、問い返す。 「わかんないけど。今回のこと、一人でやろうとしているのは、なんで?」 「神山さんが居てくれるじゃない。それに、あんな現場に誰か連れていくなんて、危ないでしょ?」 「本当に、それだけ?」 「ええ」 にっこりと微笑む。隠し事をしているのは事実だが、その内容まで当てさせるつもりはない。過去の失態の尻拭いだ、なんてこと。 「言わないなら、それでもいいけど」 納得していない顔をして、沙耶は続ける。 「困ったらちゃんと、相談して。あたしじゃ頼りにならないなら、直兄に。言えるようになったら、教えて。お願い」 可愛い妹に、まっすぐにお願いをされて、断れるわけがない。 「わかった。何かあったらちゃんと言うから。それと、沙耶は一つ勘違いをしてる」 「何?」 「私、あなたのことも、直と同じぐらい信頼してるわよ」 確かに力も頭脳も、直純の方が沙耶よりも優れている。でもメンタル面では同じぐらい頼りにしている。 可愛い私の妹。守るべき存在だが、彼女もまた別の面で、円のことを支えてくれているのだ。 円の言葉に、沙耶は照れたのか、少し頬を赤くし、 「ならいいけど」 そっぽを向いて呟いた。 それを見て、小さく円は笑った。 |