彼の好みなら知っている。
 ブレンドコーヒー。彼はそこにお砂糖を二本いれる。ミルクは使わない。甘党なのか違うのかわからないと私はいつも思う。
 ソーサーにスプーンとそれからお砂糖二本をつける。温かい、いれたてのコーヒーをカップに注ぐ。丁寧に、丁寧に。こぼさない程度に、でも多めにいれたそれを、ゆっくりとソーサーの上に置く。
 私は大好きな彼の顔を見て微笑んだ。彼はいつもと変わらない大して愛想のない表情で、私に構わず、コーヒーを手に取った。片手には灰皿。このセンスのない茶色い灰皿はどうかと思う。
 台の上にはきっかり二百五十円。いつもそう。彼は几帳面だから、いつも小銭を用意してくる。
「ごゆっくりどうぞ」
 私は微笑みながらそう言った。彼は私なんかに構わずに、いつもの壁際の席に座る。煙草に火をつける。銀色のジッポで、銘柄はセブンスター。彼の長い指が煙草を灰皿の上で軽く叩くのを目で追う。
 彼はいつもこの時間に来る。七時五分前。だから私は、いつも彼が来る時間にいれたてのコーヒーが提供できるように計算してコーヒーを落としておく。レジから離れないように気を使っている。
 七時十五分。近くのバス停にバスが来る時間になると彼は席を立つ。ああ、今日はもう帰るのか、と残念な気持ちになる。
 私は彼のコーヒーの好みだって知っているのに、彼は私について何も知らない。ただのよく行く喫茶店のアルバイト店員なんだろう。でも、それでもいい。私は彼に美味しいコーヒーを提供するだけ。
 ドアが開く。
「ありがとうございました。またご利用ください」
 私は彼の背中にそう言った。