ユッキーはすごく勘がいい。 私が驚かそうと思って、ゆっくり後ろから近づいても、すぐに気づかれちゃう。まるで後ろに目があるみたい。 「一度でいいから、ユッキーにだぁれだ、ってやってみたい」 今回も数歩の距離を残してあっさりと気づかれてしまった私が文句を言うと、ユッキーはふっと笑った。 「無理無理」 そんなことない! といいたいところだけど、ユッキーと同じクラスになってかれこれ八ヶ月、未だに成功しない。毎日のように繰り返しているわけだから、私の惨敗だ。 「なんでそんなにユッキーは勘がいいわけ? やっぱりあれ? 武道やってるから?」 少林寺を習っているというユッキーの引き締まった体を見ながら問い掛ける。 「関係ないね」 あっさりと切り捨てられた。 「えー、じゃぁなんで」 ユッキーの座っていた後ろの席に座る。ユッキーは体ごとこちらに向き直った。 「こういう話、知ってる?」 放課後の教室。でも、私たちのほかにも数人が残っている。皆暇だなぁ、と自分を棚にあげて思った。 「人間には元々後ろにも目があったんだ」 「後ろに?」 「そう。だけど、そのうち人間は髪の毛を伸ばすようになってくる。すると、見えにくくなる。使わなくなった器官がどうなるか……」 「退化する」 私が答えると、ユッキーはご名答、と笑った。 「退化してなくなる。でも尾てい骨と一緒。その名残は残る。だから、お坊さんは髪の毛を剃るんだよ。後ろの目で物事を見つめるために」 「野球部員も?」 私が笑いながら問い掛けると、ユッキーは少し笑った。 「後ろの目でボールをみる、と? 出来たらうちの学校の野球部は毎年甲子園にいけるね」 二人で少し笑う。野球部という単語を聞きつけたのか、クラスの端っこにいた坊主頭がこちらをちらちら見てきた。 「それで? ユッキーは後ろに目があるから私のことがわかるわけ?」 「ああ」 ユッキーは両手を広げて言う。 ユッキーはよく、こういうことを言う。新手の冗談だ。でも口調がとても真面目だからいつも一瞬信じそうになる。 「すごーい、ユッキー」 私は手を叩いて驚いて見せた。ユッキーはくるりと私に背を向けた。 「嘘だと思うなら見てごらん」 私はまだくすくす笑いながら、ユッキーの女の子にしてはとても短い、ベリーショートの髪の毛に触れる。 「ああ、そこじゃないよ。もうちょっと下」 こんなに冗談を継続させるなんて、今日はよっぽど気分がいいんだろう。ご機嫌ね。 私はユッキーの指示通り、ユッキーの髪の真中ら辺を軽くかきわける。 ぎろり、 「ああ、そんなに驚いた顔をしなくてもいいのに。だって言ったじゃない。嘘だと思った?」 ユッキーがくすくす笑いながら、呟く。 ユッキーの髪の間から、一つの目玉がこちらを睨んだ。軽く充血している。長い睫が髪に紛れ込む。 その目が一度、瞬きをした。 「っ……」 がたっ、 私は慌てて席を立ち、数歩後ろにさがる。椅子が倒れ、派手な音がした。みんなの視線があつまる。 ユッキーは私に背を向けたままだった。 視線が、集まる。視線が、 「やっ、」 私は小さく悲鳴をあげた。 * ぼんやりと、目を開ける。 見慣れない白い天井がうつった。 「あら、目がさめた?」 柔らかい声がして、視界に誰かがうつる。ピントが合うと、それが保健室の先生だと気づいた。 「貧血なんですって? 大丈夫?」 「ひんけつ?」 先生は私の額に手をあて、首を傾げる。 「顔色もよくなったわね。教室で倒れるから皆心配してたわよ?」 貧血? 教室で倒れる? 「何事もなくてよかったけど。ちょっとうなされてたわ。怖い夢でも見た?」 先生がそういうのを聞いて、私は一つ頷いた。 あれは夢だったんだろう。きっとそうだ。 私は上半身を起こしながらたずねた。 「今、何時ですか?」 「5時半。お友達が付き添ってたんだけれども、用事があるって申し訳なさそうにして帰っていったわ。一人で帰れる?」 「大丈夫です」 私は笑った。 今ユッキーがいなくてよかったと思った。 * そして今、私は家の鏡の前にいる。片手に手鏡をもって。 きっとアレは夢だったのだろう。ユッキーの頭に目があったなんて、そんなばかばかしい。 そういえば、ユッキーは勘がいいから、子どものころ後ろの正面だぁれが良く当っていたでしょう? なんて、そんな話をしていた。だから思ったんだろう。 だけど、妙にリアルで……、あの充血した目がリアルで、私はこうして今鏡の前にいる。 手鏡を持ち、私は備え付けの姿見に背を向ける。 手鏡で後ろの姿見をうつす。いわゆる、合わせ鏡の状態。 ごくり、 一度息を整え、私は自分の長い髪を、おそるおそるかきわけた。 そして、
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