透史と弥生は、新聞文芸部に所属している。
 そもそも、透史が新聞文芸部(通常は単に文芸部という)に所属しているのは、中学時代の先輩に頼まれたからだ。中学時代はバスケ部に所属していたが、背も伸びず、そこまでのやる気もないし高校は帰宅部でいいかなーと思っていたところ、二つ上の中学バスケ部の先輩に頼まれたのだ。
「頼む! 名前だけでいいんだ! 文芸部に入ってくれ」
 必死の形相で拝まれた。
 詳しく聞いてみると、先輩の想い人が文芸部部長で、人数が少なくて困っていたからと先輩も文芸部に入り、いよいよ今年、新入生が入らないと廃部の危機らしい。
「えー、俺、文芸とか本とか全然」
「いやもうほんっと、名前だけでいいから。な? な?」
 中学の時はあんなに高圧的だった先輩に、何度も何度も頭を下げられる。それは逆に怖い光景で、
「……名前だけでいいなら」
 と入部を許諾した。
 弥生は弥生で、その話をどこから聞きつけてきたのか、
「石居君が入るなら、あたしもー!」
 と入部届けを出した。先輩と当時の部長、歓喜。
 しかし、文化祭も終わり、三年生だった先輩達は引退した。なお、引退直前に先輩は、前部長に告ったらしいが、結果は散々だったとか。
 残った部員は三人。まあ、これでこのまま行けば来年は廃部だろうし、あとはのんびり帰宅部として過ごそう。そう思った。
 だが、そうは問屋が卸さなかった。
「ここから、文芸部は変わるのよ! れぼりゅーしょーん!」
 と頭の悪そうな発言をしたのが、唯一の二年生で現部長の工藤菊だった。明るい茶色の髪の毛をくるくるっと巻いて、つけ睫毛つけて、スカートを短くして、典型的なギャルの菊だったが、文芸部の活動には異様に熱心だった。
「変わらなくていいですよ。廃部にしましょうよ」
「なに言ってるの、透史! 来年は新入生たっぷりいれるのよ!」
「なんでそんなに張り切ってるんですか?」
「伝統を廃れさせるのは惜しいわ」
「開校当時からあるっていう、伝統しかない部活ですけどね、これ」
 そんなもの、廃れてしまえ。
「いいからやるの!」
 きっと目を吊り上げて菊が怒鳴る。
「わたしはずっと楽しみにしてたんだから! わたしの天下が訪れるのを!」
「天下って」
 まあ、確かに部長となれば天下かもしれないが。
「具体的にはどうするんですかー、お菊部長」
 のほほんと聞いたのは、弥生だった。
「文化部の見せ場は文化祭よ」
 びしっとどこかを指差す。
「そこで華々しい活躍を見せるのが目標よ!」
「新入部員確保に間に合わないじゃないですか」
 今年の文化祭ならもう終わっているし。
「だから、文化祭の下準備も兼ねて、文化祭までに動き出すのよ」
 わかってないわねーとバカにした顔をされる。わかんねーよ。
「いい? ここは新聞文芸部よ」
「そーですね」
「でも、今年やったことといえば、それぞれが小説なんだかエッセイなんだか作文なんだかわかんないものを書いて適当にまとめた冊子を作っただけ!」
 びしっと菊は部室の後ろに積まれた冊子を指差す。過剰在庫で積み重なっている。
「あれ使って今度、芋でも焼きましょうよ」
 自分が苦し紛れに書いた、長く続いているゲームシリーズについてのエッセイとか、さっさとっとと闇に葬りたい。
「あ、それいいね! 楽しそう」
「ちょっと、そうじゃなくって! いい? あれじゃあ、ただの文芸部よ! わたしたちは新聞! 文芸部なのよ!」
 そんなに新聞のところに重きをおいているの、あんたぐらいだよ。みんな文芸部としか呼ばないじゃないか。
「いい? 新聞と文芸の融合! それすなわち!」
 そこで菊は胸をはった。結構大きい。
「週刊誌!」
「なるほど、週刊誌!」
 弥生が手を叩く。
 えー、なんでそこで盛り上がれちゃうの?
「今日から週刊誌を作って配付していくの。それで知名度をあげ、最終的にはそれをまとめて文化祭で発表!」
「プラン的には素晴らしいもののような気がしますけど、週刊誌は無理だと思いますよ」
 まず、俺にやる気がないし。やりたくないし。
「せめて月刊誌にしましょう」
「えー」
「クオリティが低いもの作ってもしょうがないじゃないですか」
「んー、まあ、それもそうね」
 結構簡単に納得してくれた。なら、季刊誌とかにしとけばよかった。
「じゃあ、月刊誌にしましょう!」
「わー、楽しそう!」
 弥生がはしゃいだ声をあげる。
「それで? テーマとかあるんですか?」
 透史の問いに、菊は仰々しく頷いた。
「ええ、決まっているわ」
「なんですかー?」
「それはね」
 菊はにっこりと微笑むと、告げた。
「学校の怪談よ!」
 今日日、それかよ。
「怪談! お菊部長っぽい!」
 弥生が楽しそうに言う。
 ああ、そりゃあ、とっても、菊っぽいさ。一つ溜息。
 この今時「菊」なんていう名前をもっている部長は、大のオカルト好きである。
 彼女曰く、「累の怪談」で憑依される少女とか、「四谷怪談」の伊右衛門の末娘とか、「番町皿屋敷」の下女とかに共通して見られる「お菊」という名前には「死者の声を聞く」という意味があって、「菊という名前をもつ私は死者の声を聞かなければ」ということらしい。
 見た目は、完全に今時ギャルなのに。そして、未だかつて幽霊に遭遇したことなんてないくせに。霊感とかちっともないくせに。
 絶対やりたくないな、と思う。が、目の前できゃっきゃ盛り上がっている女子二人を見ると、やりたくない、とも言えない。石居透史はそういう人間だった。端的に言うなら、とてもとても流されやすい。
 だからしぶしぶと、学校の怪談について調べるのを手伝わされた。
 そうして月刊誌が二冊刊行された。それが、どういうわけか異様に好評で、菊は調子に乗っている。だから、今月号出したばっかりだっていうのに、今日は休みのはずだったのに、集合かかるんだろうな。第三弾は、第二音楽室の呪いのピアノ、か。
「僕、結構楽しんでるよ、あれ」
 今井が小さく微笑む。
「お菊さん、がんばってるよね。滲み出ている」
 菊の頑張りが滲み出ている。それは、月刊『城南高校の怪談!』を端的に表す言葉だった。滲み出るどころか、あふれている。
「わー、それ聞いたら、お菊部長喜ぶよ!」
「本当? じゃあ、伝えておいて」
「うん!」
 喜んだ挙げ句、さらに張り切ってとんでもないことになりそうだけどな。
「呪いのピアノってなんだっけ?」
 イマイチやる気のない文芸部員であるところの透史が問うと、
「んっと、弾くと呪い殺されるっていう噂」
 弥生が答えた。
「それは怖い呪いだなあー」
「棒読みにもほどがあるだろ」
「なんかね、最近音楽部の二年生が入院したんだって」
「それがピアノのせいだって?」
「って、お菊部長は睨んでるらしいよ」
「つーか、第二音楽室のピアノって、音が出ないんじゃなかったっけ? 壊れてるとかで」
「業者呼んで直してもらったんだって。音楽部の練習で第一音楽室だけじゃ足りないから」
「ふーん」
「それで、二週間ぐらい前から第二音楽室で練習始めたんだって。でも、ピアノを弾いてた二年生が、高熱出して入院しちゃったって、原因不明だって」
「そりゃあ大変だ、でもまあ、偶然じゃね?」
 やる気のない透史の答えに、弥生が小首を傾げる。
「まあ、だったらいいなーとは思うよ。人の体調不良を楽しむものじゃないもんね。でも、それお菊部長の前で言わない方がいいよ」
「わかってるよ」
 そんなこと言ったら、どんな酷い目に遭うかわかったもんじゃない。呪いじゃなくて、菊のパワーで殺される。人力で。
「大体、それを君たち文芸部が調べるんだろう?」
「他人事だと思って、今井……」
「頑張れ!」
 思わず恨みがましい目でみると、いい笑顔で応援された。
「今井君も参加する? 飛び入りもお菊部長なら歓迎してくれるはずだよ」
「うん、絶対しない。ありがとう」
 とかしゃべっていると、透史はふっと視線を感じて振り返る。
 ミスがこちらを見ていた。視線が合う。ゆっくりと逸らされ、彼女はまた本に向き直った。
 なんだったんだ。うるさかったか? 音楽部にでも入るつもりだったのか?
「あたし、あの人苦手ぇー」
 弥生が小さく呟いた。
「珍しい。葉月さんにも苦手な人っているんだ」
 本気で驚いてそう呟く。馴れ馴れしいぐらいの勢いで絡めとり、それでも適度な距離感をもって人とすぐ仲良くなれるタイプの人間だと思っていた。
「そりゃあいるよ」
 弥生が呆れたように笑う。
「ホームルーム、はじめるぞー」
 担任がゆっくりと教室に入ってくる。
「っと。じゃあ今日も頑張ろうね石居くん、今井くん」
 弥生は微笑み、少し離れた自席に戻る。
 担任の話を聞きながら、透史はちらりと視線を後ろに向けた。ミスは窓の外を見ていた。