彼女は、宣言どおり火曜日に商品を取りにやってきた。 「こんにちは」 「こんにちは」 やっぱりどうしても、彼女と対面すると体が強張る。そんな私の態度を見てか、彼女はふっと笑った。 「この前は、言い過ぎました」 「え?」 「この前来たときは、さすがにいろいろ言い過ぎたなって、あのあと反省したんです」 今日の彼女は柔らかく笑っていた。唇の端が強張っていたから、装っているだけかもしれないけど。 「いえ」 言われたことは、間違っていなかったと思う。 まとめておいた在庫のダンボールと、先月の売り上げをまとめたものを彼女に差し出した。 彼女は黙ってダンボールの中身等を確認してから、 「はい、確かに」 頷いた。 ああ、これで、本当に、終わってしまうのか。 「今までありがとうございました」 素直にその言葉が出て来て、ゆっくりと頭をさげる。 「いえ、こちらこそ」 彼女もそう言ってくれた。 「……一つ、いいですか?」 「はい」 今度は何を言われるのだろう。びくびくしながら、それでもそれを必死に押し隠して彼女を見る。 「私、三島さんのことは好きでした、人として」 「……ありがとうございます」 過去形なことに少し胸が痛む。 「だから、言うんですけれども。気を悪くしないでほしいんですけれども。って、もう無理かもしれないけど」 そこで少し、彼女は笑った。おどけたように。 「三島さんがmine meの二人に、都合のいいように利用されているだけ、ってことはないんですか?」 「……え?」 言われた言葉が理解できなくて、間抜けな顔をしてしまった気がする。 「三島さんが優しいから、あの人達それにのっかっているだけなんじゃないのかな、って思ったんです。この前。わざとらしく、MIMIMIなんて名前つけて、三島さんもメンバーの一員だよ、みたいな顔をしていたけれども、結局三島さんがやっていたのは雑用でしょう?」 「それは、私がやるって言ったからで……」 「三島さんが自分でやるって言い出すことぐらい、私にだってわかります。私よりも深い付き合いをしている、あの二人がわからないわけがない。三島さんが自主的に言ったとしても、あの二人がそれを利用しなかった証拠にはならない」 ぺらぺらと立て板に水のごとく、話されることばに理解が追いつかない。 利用? 誰が、何を? 峯岸と美作さんが、私を? 「実際、mine meって三島さんが手をいれてくれて助かっている部分、多いじゃないですか。袋詰めとかもそうだけど。三島さんは、Insulo de Triのためだって言うかもしれないけど、でもその前にあの二人が直接利益を得ますよね、その行為で。あの二人は作家だけど、三島さんは違うし」 理解が追いつかないなかでも、その言葉は刺さった。 そうだ、私は、あの二人とは違うのだ。 あの二人は、作家だ。 目の前で話している、この人も作家だ。 私はただの、雑貨屋だ。 ただの、凡人だ。 「端から見ていると、三島さんがあの二人に、ただただ利用されているだけに見えるんです」 彼女ははっきりと、そう言い切った。 「勘違いだったらすみません」 そう付け足されたけれども、彼女は勘違いだなんて思っていないようだった。 そのまま挨拶をして、彼女は足早に去って行く。 その後ろ姿を見送りながらも、私はただ黙って言われたことを反芻していた。 利用されている? 私が? あの二人に? あの二人にそんな度量がないことは、私がよく知っている。あの人よりも知っている。 本当に? 棚に視線を向ける。mine meが置いてある棚に。 だって私は、生み出す側じゃないのに。それなのに、生み出す側のあの二人のことが、わかるというの? あの二人の、一体何がわかるというの? 好意のただのり? ああなんだか、もうよくわからない。 顔を覆って、ため息をついた。 「みーしま!」 言われたことを整理できないまま、その日の閉店時間を迎え、そこにいつものテンションで峯岸がやってきた。夜になると、高くなる、彼女のテンション。 それになんだか、もやもやしたものを感じてしまう。 「あのねー、三島。さっきネット見てたら、ポストカードセットっていうのがあることに気がついたの。びびっときたわけ。どうよ、そういうの」 峯岸が一方的に話かけてくる。それをいつものことなのに、受け入れることが、今日はなんだか難しい。 「いいんじゃない?」 おざなりに返した言葉に棘があって、自分でも驚いた。 「だよねー」 だけど峯岸は、それに気づいていないのか、あっけらかんと頷く。 「あ、そういえばねー、デザフェスでポストカード買って行ってくれた人からメールがきたの。感想のメール!」 「……よかったね」 「うん! 三島のおかげ、ありがとね」 屈託なく彼女が笑う。それを素直に見ることができない。 もやもやする。 「……三島、どうした?」 さすがに気がついたのか、峯岸が伺うようにして尋ねてくる。 「なんでもない」 「そー?」 峯岸は少し怪訝そうな顔をしたものの、また喋り出した。 「で、ポストカードセットの話に戻るんだけど。こう紙製の箱みたいなのとかあるじゃん、ああいうのにいれるのと、メモ帳みたいになっているの、どっちがいいかな? 三島ならどうする?」 その質問に、普段ならきっと、素直に答えていた。 だけどだめだ。 今日はだめだ。 だってそうやってまた、私を利用するんでしょう? 「自分で考えたら?」 吐き出した言葉は、自分でもぞっとするぐらい冷たかった。 「へ?」 峯岸があっけにとられたような顔をする。 ねえ、いつも私はにこにこわらって峯岸の話を聞いていなければいけないの? 才能があって、美作さんに好かれていて、それを断った峯岸に。 「もう、うんざり」 「なに、三島、どうしたの?」 「なんで私が、峯岸や美作さんのこと、一緒になってやらなくちゃいけないの?」 一度言葉にしたら、もう止まらなかった。 「台紙つくるのだって、折り紙つくるのだって、全部私が言った意見に、二人がただ乗りしているだけじゃない。私の意見じゃない。なのに、私のところにはなぁんにもこない! 評価も評判も、おいしいところは全部二人にいっちゃうだけじゃない! おいしいとこだけもっていって!」 声が高ぶる。大きくなる。 そこまで言いたいことを言い切ってから、はっと冷静になった。 しまった、こんなこと言うつもりなかったのに。 こんな、出過ぎたことを言うつもりなかったのに。 私はただの雑貨屋だから。 作り出す人間ではないから。 だから、余計なことは言ってはいけなかったのに。 つい、言ってしまった。余計なことを。 「三島」 淡々と、峯岸が私を呼んだ。 恐る恐る峯岸の顔を見ると、峯岸は驚くほどの無表情だった。いつもの無愛想な顔やつんっと澄ました顔とは違う。まったくなにもない、無表情だった。 怒っているのか、悲しんでいるのかもわからない。 「ずっとそんな風に思ってたの? 楽しいっていってくれたの、嘘だったの?」 「ちがっ」 違う違う違う。楽しいと思っていたのは本当だった。ただ、少し、ひがんでいただけだ。それだけだ。 必死に言い訳しようと口を開き、だけど何も言葉がでなかった。 本当に? 本当にひがんでいただけ? 本当に私は、さっき言ったようなことをおもっていなかったの? 彼女にけしかけられただけじゃ、あそこまで普通言えない。自分の中でも、思うところがあったんじゃないの? 「ごめんね」 峯岸の顔がくしゃりと歪んだ。泣きそうに。 「迷惑かけて」 峯岸はそれだけ言うと、すっと店を出て行ってしまった。 追いかけることもできない。 峯岸のあんな顔、初めて見た。あんな、悲しそうな顔。 させてしまったのは、私だ。 ああもう、本当に私はっ。 耐えられなくなってしゃがみ込む。両手で顔を覆う。 才能もない、なんにもできない凡人のくせして、峯岸のことを傷つけた。なんてことをしたんだ、私は。 |