Insulo de Triは、午前十一時が開店時間だ。 十時になると二階の自宅から降りて、一階にある店の掃除を始める。タンブラーにコーヒーをいれて、たまにそれを飲みながら。 開店と同時に来るお客様など居ない。それでも十一時きっかりに開けるのが、私の美学だ。 クラシックをゆったり流しながら、看板を外に出す。開店まであと十五分。それまでは入り口の掃除でもしていよう。 帚で入り口を掃いていると、 「いやぁぁぁ」 悲鳴が上から降って来た。 どたどたどたどたと、足音もする。 店の横、外階段を転げ落ちるようにして、峯岸梨々香が降りて来た。 「三島のばかっ! 起こしてよっ!!」 外に居る私を見ると、彼女はそう怒鳴った。 いつも頭頂部でお団子にされている茶色い髪は下ろしたまま、四方八方に跳ねている。マスカラの重ね塗りもしていないし、洋服も簡素なワンピースを一枚着ているだけ。 ああ、つまり、寝坊ね。 それから、階段の横にとめてあった、小さなタイヤの自転車に跨がると、 「遅刻するぅぅぅ」 悲鳴をあげながら消えていった。 朝から賑やかな子。 私は呆れて笑いながら、ゴミをちりとりにまとめた。 とんとんとん、と軽い足音がして、私は視線を階段に向けた。 「峯岸さん、はやいねー」 美作敦史が小さなダンボール箱を抱えて、階段をおりて来たところだった。 彼はいつもの爽やかな笑顔を浮かべると、 「おはよう、三島さん」 「おはようございます、美作さん。峯岸、今日はお昼からなんじゃないかしら。水曜日だから」 「ああ、そっか」 得心がいった、とでも言いたげに美作さんは頷くと、 「ああ、それから納品、いいですか?」 ダンボールを私の方に向けて、微笑む。 「ええ。今開けますね」 丁度、十一時になる。 Insulo de Triは今日ものんびりとオープンする。 Insulo de Triは小さな雑貨屋だ。 駅から歩いて十五分、小さな公園の横。県庁と市役所には近いけれども人通りの少ない場所でちんまりと営業している。 私、三島優美子の趣味で。 Insulo de Triは、エスペラント語で三つの島、の意味だ。多分。ネットで翻訳かけただけだから、間違いかもしれないけれども。三島だから、Insulo de Tri。 ピンク色の外壁をした、二階建ての可愛らしい建物。その一階が店舗であり、二階が住居になっている。二階にはワンルームが四部屋あり、一部屋が私の自宅、一部屋が倉庫、そして残りの二部屋に住んでいるのが峯岸と美作さんだ。 建物の所有者は私。つまり、私は峯岸と美作さんとは大家と店子という関係でもある。 もともと、この建物は私の伯母のものであった。 父の年の離れた姉である彼女は、年の離れた弟である父を大層可愛がっていて、ついでにその娘である私のことも可愛がってくれていた。 彼女もまた、ここで小さな花屋を営みながら、他にも沢山持っていたマンション経営で生計を立てていた。 ピンクの外壁に、たくさんのお花。小さなころから私は、ここがとてもとても好きだった。 「ねぇ、おばちゃん、私も大きくなったらここでお店屋さんやりたい!」 私はよくそう言っていた。 「あらそうなの。どんなお店? お花屋さんはだめ?」 「うーんっとね、お花だけじゃなくてね、アクセサリーとか鞄とか、可愛いものたくさんあるお店!」 「ああ、雑貨屋さんね」 私に甘い伯母はにっこり微笑むと言ったものだ。 「じゃあ、このお店は優美子ちゃんにあげるわね」 それは子どもに対する戯れ、冗談だとずっと思っていた。 ところがどっこい、癌で亡くなった伯母の遺言を見て驚いた。この建物を私に相続させる、となっているではないか。しかも伯母はしっかり根回ししてくれていたらしく、親戚も親も誰も反対しなかった。 かくして私は、この場所を手に入れた。丁度、大学を卒業する年の出来事であった。 就職活動が上手くいっていなかった私は、これ幸いとばかりにこの場所に転がり込んだ。とりあえずこれで住む場所は確保できた。学生時代にバイトしまくった貯金もある。 そこで手探りながらも始めたのが、Insulo de Triだ。家賃がかからないことが幸いして、なんとか二年間、ここまで続けている。 |