「別れた」 翌日、おはよ、っていつも通りに挨拶したはずなのに、何故かサクちゃんにそう言われた。 「え?」 ぎゅって眉をひそめて、唇を堅く結んで、サクちゃんが言う。 「もうやっていけないって、言われた。浮気されてた。違うか、もう向こうが本命だったのか」 瞳が揺れる。 「え、え、ちょっと」 どうしたらいいのかわからなくて、わたわたと両手を動かすあたしに、サクちゃんはごめんね、と笑った。 「大丈夫」 絶対大丈夫じゃない。それだけは、馬鹿なあたしでもわかる。それでも、サクちゃんは笑って、座席に着いた。 先生が入ってくる。 サクちゃんも気になるけど、今日の演習で発表のあたしは、仕方なしに黒板の前の席についた。 いつもよそ見なんてしないサクちゃんが、今日は窓の外を眺め、机の上で堅く両手を握っていた。 「サクちゃん」 授業が終わったと同時に、彼女のところにかけていく。 「今日、飲みいこー!」 できるだけ明るくそういうと、彼女はそうね、と笑った。 あたしが笑えば笑うだけ、サクちゃんに無理をさせている気もした。じゃあ、あたしはどうすればいいんだろう? あたしはいつも、ずっと誰かに慰めてもらう立場で、どうやって誰かを慰めたらいいのか、わからない。いつも、どうやって慰めてもらっていたんだろう? 結局、あたしはなにも成長していない。 「浮気か、重いね」 慰め方がわからないあたしは、一番、人当たりが良さそうな治君を誘った。もちろん、サクちゃんには許可をとって。 「ん。この前あったとき、煙草の匂いがいつもと違ったの。女の子が吸う、ちょっと甘い香りがして」 ため息。 「なにがいやかって、それで浮気してるんじゃないかって思った自分が嫌。匂いで分かるぐらい、惚れてたなんて」 あきれちゃう、とサクちゃんは笑うとぐっとお酒をあおる。流石にピッチが早い。 「ロースクールは忙しいからね、しょうがないよ。設楽さんならまたすぐに彼氏できるよ。浮気してた男が悪いんだし。ロー内とかどう?」 と、こっちは別に呼んでないのに聞きつけてきた池田君。池田君と恋愛話って失礼だけど正直似合わないなー。 とか思っていると、 「私は!」 それまで静かに話していたサクちゃんが急に声をあらげた。 「ロースクールは忙しいから、無理、とかそういうの言い訳にしたくない。そんな理由を自分以外のところに見つけて安心したくない」 あたしも池田君も治君もびっくりしてサクちゃんを見る。 彼女はぎゅっと唇を噛んだ。 「そういうのずるい。私があの人とダメになったのは、ロースクール生だからじゃない。私は、そんな忙しくなったから、程度のことで別れるような人と付き合ってたわけじゃない。肩書きで壊れるような関係を、築いてきたわけじゃない」 馬鹿にしないで、と唇だけで呟いた。 泣かない。彼女は泣かない。 そして、あたしにはわからない。 「ロースクール内でのお手軽な恋愛もしたくない。好きになった人がロースクール生ならいいけど、最初からロースクール内だけでどうにかしよう、なんてそんなのいや。大体、これから先同じ土俵で仕事していく人たちに必要以上に女として扱われるのはいや」 それから急に膝に顔を埋めると泣き出した。 「サクちゃん」 慌ててその背中を撫でる。 「あの人のこと、悪く言わないで」 小さく小さく呟かれた言葉にこっちまで泣きそうになる。 そんなに好きだったのに。好きなのに。 こんなにサクちゃんは傷ついていて、あたしは今その彼氏にむかついているけれども、でもあたしは何も出来ない。 これは、サクちゃんとその人の問題であってあたしが首をつっこんでいいことじゃない。あたしには、当事者適格がないんだ。 それにあたしはまだ弁護士じゃないし、依頼もされていない。 ただただ、彼女の恋人に憤り、彼女の肩を抱き、慰めることしかできない。 大事な、友達なのに。 隣の隣の駅に、恋愛の神様がいる。 フリーマガジンでそれを見たあたしは、サクちゃんを誘って東京大神宮に向かった。あたしが出来そうなことは、これぐらいしか思いつかなかった。 あの日から、三日が経ち、サクちゃんは表面上、いつもと変わらないように見えた。でもたまに、目が赤い時があるけど。 おみくじに小さな人形をあしらった恋みくじをひく。あたしとヒロ君の仲はどうなりますか。 サクちゃんを慰めるためだったはずが、自分のことに必死になってしまう。 結果、 「うわ、吉って微妙」 しかもなんら役立つ情報が書いていない。全部ふわっと、いいことあるかもよ! みたいな書き方されても。これは結んで帰ろう、と心に決める。 「あ、大吉」 サクちゃんが少し弾んだ声を出す。 「新しい出会いがあるって」 微笑む。 「よかったねー」 「ただ、これ謎」 いいながら勉学の欄を指さす。恋みくじに勉学の欄があることも謎だけど。 そこには、英語と国語をやるといい、と書いてあった。 「英語と国語、それで新司うかるならやるけど」 そして彼女は笑った。 国語はともかく、英語は当面関係ないな。問題文、日本語で書いてあるし。 あたしはおみくじを結び、サクちゃんと二人でお守りを買った。 「新しい恋に期待ー!」 サクちゃんが、彼女らしくない弾んだ言い方をするから、 「あたしの恋が叶うのに超期待ー!」 あたしも同じように、必要以上に弾んだ声をだした。 勉強も大事だけどそれだけじゃない。恋も叶いますように。 |