二月十四日、バレンタインであった。バレンタインの起源はとりあえず置いておいといて、現在日本における世間一般の常識では女性が男性へチョコを渡して告白する行事である。しかしながら、現在に日本の状況では義理チョコやら自チョコやらが横行していて、どれが本チョコなのか判断するのが非常に難しい。
 二月十四日。小鳥遊麗華検事からチョコをもらった。俺は、この人が爬虫類みたいだから苦手なんだけれども、とりあえずチョコを頂いた。二月の十四日は俺は非番で、コンビニに飯を買いに行った道で彼女にあった。なんか見栄でチョコを買ったけどいらないからとりあえずあげるー、みたいなことを言われて受け取って、とりあえずありがたく頂いた。しかも、なんかゴディバのチョコとかだったし。
 三月十四日。ホワイトディである。世間一般では例え義理でももらったチョコにお返しをする日のはずである。なんか、不可抗力的な感じで受けとってしまったけれども、美味しく頂いてしまった以上ちゃんとお返しをするのが礼儀かなぁとも思う。
 というわけで、せっかくの非番の日に不本意ながらも、俺はこうしてデパ地下をうろうろしているわけだ。何処に行ってもホワイトディホワイトディっていう看板が目につく。正直うぜぇ。
「笹倉」
 後ろから声をかけられて振り返ると、見慣れた最悪の顔がにやりと笑っていた。
「渋谷……」
 多少げんなりして呟くと、悪友の渋谷慎吾探偵が片手をあげた。
「やぁやぁ、なにしているのかい?」
 芝居がかった声でそう言う。
「ホワイトディ」
 単語で答えてから、不十分だったと思って付け加える。
「お返しを探しているんだ」
「義理?」
「義理」
 義理義理ってうるせぇな。っていうか、本命だったらこんなところで探さないっつーの。
「だれ?」
「や、誰でもいいだろ」
「……小鳥遊女史?」
 渋谷は少し考え込むような顔をしてから言った。
「うぐ、……そうだよ。なんでわかった?」
「嫌そうな顔をしていたから。俺の知らない人間だったらお前の知らない人間だよって、お前の性格ならいうだろうし。で、俺の知っている人間で、お前の知り合いで、お前がチョコをもらって嫌そうな顔をするのって言ったら、俺か小鳥遊女史ぐらいだと思って。で、俺は勿論お前にチョコなんてやってないから、小鳥遊女史。以上Q.E.D」
 何が証明終了だ。職業病か、やたらと持って回った言い回しをする。このへぼ探偵。
「ちなみに、俺は茗ちゃんへのお返しを作るために材料を買いにきたんだ」
「……って、作るのかよ」
 まずそこからだ。料理が趣味の暇人め。
「だってせっかく手作りもらったし」
「嫌味か」
 睨み付ける。渋谷はふんっと笑った。
「時に笹倉」
 彼はびしっと人差し指を俺につきつけた。俺は犯人でもなんでもないんだから、指さすな。
「それは本当に義理チョコなんだろうか、な?」
 そしてにやりと笑うと、彼は俺の返事をまたずにさっさと歩き去っていく。
「義理チョコなんだろうな、ってそりゃ義理チョコだろ?」
 残された俺は呟いた。
 まぁ、確かに、だ。ゴディバの義理チョコとか凄すぎかと思うけど、小鳥遊検事は見栄を張って買ったけどダイエット中だからとか言ってたし……。ああでもまぁ、嘘っぽかったけど? 大体義理チョコじゃなかったらなんだっていうんだ? 本命?
 そこまで考えて、俺は足を止めた。本命?

 三月十四日。
「すみませんね、仕事中に呼び出して」
 ランチという意味も含めて、呼び出したファミレス。
「いいえ」
 現われた小鳥遊検事は席につくと、メニューも見ずに店員に告げた。
「シーフードドリアを」
「かしこまりました」
 店員が去っていく。
「好きなんですか、ドリア?」
「いいえ、どちらかといえば嫌いだわ」
 水に口をつけながら彼女は言う。じゃぁ、なんで?
「今日のラッキーメニューなの」
 彼女はそういうと、ことりとグラスを置く。一瞬意味がわからなかったが、納得してしまえばしょうもないことだ。案外子供だよなぁ、この人。
「ところで、」
 俺は紙袋をテーブルの上に置いた。
「これ、ホワイトディのおかえしです」
「あら、わざわざよかったのに」
 彼女は澄まして告げる。そんな彼女を見る。
「……つかぬ事をお聞きしますが」
「はい?」
「あのチョコって実は本命だったんですか?」
 ぶっ
 小鳥遊検事はいきなり水を吹いた。慌てておしぼりで口元を押さえる。
「あ、あなた何を!」
「え、い、いや。渋谷がそのチョコは本当に義理なのかなぁとかいうから」
「あのへぼ探偵!」
 ぎりぎりとおしぼりをにぎりながら彼女が吐き出す。それについてはおおむね賛成。
「もしかしたら、本命に渡せなかったチョコを俺に義理としてくれたのかなぁ、なんて」
 考えられる可能性としてはそれだ。本命に渡せなかったか断られたチョコを自分で食べるのも恥かしいからって俺にくれたのかと。そうでもなくちゃ、いくら見栄でだってチョコなんて買わないだろうし、自分で食べるだろう。
「はい?」
 俺が考えを告げると、彼女はおしぼりにこめていた力を緩め、俺を見て眉をひそめた。
「え、だから、本命に渡せなかったチョコをしょうがないからくれたんじゃないかと思って……」
 彼女はうつむいてテーブルを見つめる。肩がふるふると震えている。
「た、たかなしさ」
 ばしゃっ、
 声をかけようとしたら、いきなり冷水を浴びせられた。
「あなたって、あなたって……」
 立ち上がった彼女は真っ赤な唇をわなわな振るわせた。
「本当最低な人ね!!」
 それだけいうと、それでもしっかりと紙袋を持って店を出て行く。
「……お客様?」
 店員が恐る恐る声をかけてくる。
「お騒がせしてすみません」
 店員に謝った。
「あ、いえ」
 いいながら店員は新しいおしぼりを渡してくれる。店員がテーブルをふいてくれているので、そのおしぼりで服を拭いた。
「おまたせしましたー」
 背後から新たな声がする。
「シーフードドリアと明太子スパゲッティです」
 先ほどまで厨房にいたらしいその店員は、ここの微妙な空気に気づいて、あれ? っと首を傾げた。
「あ、いいですよ。二つとも食べますから」
 俺は笑ってそう言った。本当はあまりドリアは好きじゃないけれども。
「ごゆっくりどうぞー」
 店員二人にそう言われて、俺は少し苦笑した。ごゆっくりしてもねぇ。
 それにしても、わけのわからない人だ。小鳥遊検事は。何故あそこで人に水をかける? やっぱり図星だったからだろうか。ああいう年齢の人は気をつけなくちゃいけないなぁ。っていうか検事の癖に人に水をかけたりするなよ。
 そんなことを思いながらドリアとパスタに口をつける。
 それで結局、ゴディバは義理だったのか、本命だったのか? それよりも、ここの代金は結局俺が払うんだろうか?

ゴディバは義理だったのか、
本命だったのか?