俺は、名探偵というのはそういう呪いをかけられた生き物だと思っている。
 なぜなら、俺は生まれた時には名探偵ではなかったから。
 ということは、どこかに元に戻る鍵は転がっているはずなのだ。
「何読んでるの?」
「んー、この前新人賞獲ったやつ」
 お風呂上がり、髪を拭きながら出てきた茗ちゃんに、読んでいた本の表紙を見せる。
「慎吾って本当にミステリが好きね」
 俺の部屋の本棚にぎゅうぎゅうに詰められた古今東西の探偵小説、ミステリ小説を眺めながら茗ちゃんが呟く。
「まあね」
「何か借りていい?」
「どうぞ」
 茗ちゃんが本棚に向かう。彼女だって、ミステリが好きな方だ。
 もともと、探偵ものもミステリも好きだった。
 だけど、最近ではそれだけの理由で読んでいるのではない。
 鍵が、転がっているんじゃないかと思って。
 名探偵の呪いを解く鍵が。
 名探偵が名探偵を辞める話というのは、ない。あるとしたら犯人になるパターンか、殺されるパターンか。そのどちらも却下だ。俺は死にたくない。
 あとは最近読んだ本だと、恋人が逆恨みで殺されて、心が壊れて探偵をできなくなったものもあったが、そんなもん、論外に決まってる。
 茗ちゃんを傷つけることなく、もちろん俺も死ぬことなく、名探偵の呪縛から逃れる方法をずっと探している。二人で普通の幸せを手に入れる方法を探している。
 そう、俺が本当に解きたいのは謎じゃない。
 呪いだ。
 名探偵の呪いを解きたいんだ。
 ぱたん、と読み終えた本を閉じる。
「面白かった?」
 どれにしようかな、で本を選んでいた茗ちゃんが尋ねてくる。どうやらなかなか読む本が決まらないらしい。
「星四ってとこかな。新人だからおまけして」
「借りていい?」
「いいよ。持って帰っても」
「ありがとう」
 茗ちゃんに持っていた本を手渡すと、
「俺も風呂入ってくる」
 と立ち上がる。
 面白いか面白くないかと言われたら、なかなか面白い本だった。犯人は割とすぐわかったけれども、心理描写とか嫌いじゃない。
 でも、役に立つ本じゃなかった。
 呪いを解く鍵はなかった。
 シャワーを浴びながらため息。
 絶対にあきらめない。
 なんとしても、解いてやる。この呪いを。
 そのためには、まずは目の前の謎をとく。それが大前提。
 現れた謎から逃げていたら名探偵の資格を喪失してしまう。そしたら呪いを解くこともできないまま、死ぬことになるだろう。
 そうやって事件を解決していきながら、同時進行で呪いを解く方法を探すのだ。現実の事件の中に、鍵が落ちているかもしれないし。
 解けない謎などあるわけがない。俺は名探偵なのだから。呪いの謎だって同じだ。未来はこの手で掴み取る。

   そして今日も。
 事件が起きた屋敷、食堂に集められた関係者の顔を一人一人見渡しながら、俺はシニカルに笑う。
 ここからは俺のステージだ。
「さて、皆さん」
 名探偵、皆を集めて「さて」と言い、ってな。

第五章 名探偵の場合