「短いと思う」
 京介は腕組みをしたまま、いささかしかめっ面で答えた。
「そう?」
 ここなは自分の体を鏡で見回し、
「普通じゃない?」
 首を傾げた。
「短い、見えそう」
「何が?」
 ここなが首を傾げたまま、微笑む。にやり、と。
「わかってて尋ねてるな、それは」
「えー、ここなちゃんわかんなーい」
 頬に拳をあてて、ここなが身をよじる。
「うぜ……」
「何か言った?」
 微笑んだまま、ここなが言う。顔は笑っているけれども声が笑っていない。
「言ってない」
「ふーん。で、何が問題なの?」
 その細い腰に右手をあてて、ここなが尋ねる。試着室の鏡でもう一度、自分の全身を眺め、
「なにも問題ないじゃない」
 試着したショートパンツから、すらりと細くて長い脚が見える。
 京介としてはもう少し肉付きが良い方が好みなのだが、それはそれとして、
「短いって」
「そんなことないって」
「見えそう、下着が」
 早口で言った。
 そのショートパンツは、いささか丈が短かった。というか、その布は一体何を守っているのか、と問いたいレベル。
「そんなことないのに」
「あるってば」
 ここなは鏡をみて首を傾げて、
「まあ、じゃあ、これはやめとこう。キョースケ嫌がるならしょうがないや」
 さらっと言った。
 そのまま、しゃっ、と試着室のカーテンを閉める。
 なんとなく、京介はそこから視線を逸らし、後ろを向いた。
「可愛いのにー、これ」
「いや、でもさー」
「はいはい、買わない買わない」
 着替え終わって出て来たここなは、京介に全否定された割には、どこか満足そうだった。
 店員に、またきまーす、と笑顔で手をふって店を後にする。
 こころなしか、足取りが軽い。
「……なんか、ご機嫌?」
 弾む茶色の毛先を見つめながら尋ねると、
「だって、嬉しかったんだもん」
 振り返り、後ろ向きに歩く。
「危ないって。前向け」
「ショーパンは短ければ短い程正義! っていう人が多いのに」
「え、多いの? それ」
「キョースケは嫌がったじゃない。気、使ってくれたんでしょう? っていうか、それが普通だよねー」
 うっれしー、とくるりと前を向き、弾むように歩く。
「……どういう付き合いしてんだよ」
 今朝だって、もう少し長いスカートを選べと散々やりあって、マキシスカートをはかせたところなのに。
 マキシスカートはマキシスカートで、長過ぎると思ったけど。
「あんまり見せてまわると、減るぞ」
「減らないよー」
「減るよ」
 自尊心とか、そういうものが。
「減らないよ。もともと、もうないもの」
 言わなかった言葉の続きが聞こえたかのように、ここなは言い、
「0からは何もひけないでしょう?」
 当たり前のように、笑った。
「ココ?」
 小さく名前を呼ぶ。
 確かに、どんなに険悪なムードになっても、もめても、すぐに笑うのが彼女のいいところだと、思っている。ずっと怒ったまま、むくれたままの女は扱いにくい。
 でも、今のは、
「笑うところじゃ、なくね?」
 小さく呟く。はっきりとは声がかけられなかった。それは、踏み込んではいけない場所のような気がして。それは、ここなを気遣ったのか、面倒に巻き込まれるのが嫌だったのかは、わからない。
「あ、そうだ、布団! 布団ってどこに売ってんのー?」
 ここなが、ぽんっと両手を打ち鳴らし、明るい声を出した。無駄に高い声。
「布団、なー」
 京介は、それに乗っかった。
「買う必要性が俺にはわからんが。でもまあ、寧ろスーパー的なとこの方が売ってんじゃないのか? 知らんけど」
「そーなの? わかんないけど」
 ここなに歩調を合わせ、隣に並ぶ。
「じゃあ、帰りに寄ろう!」
「ああ、うん」
 そのままゆっくりと二人は歩き、
「待って」
 ここなは京介の腕をひっぱって、引き止めた。
「っと、どうした?」
「あれ」
 見つけたものを指差す。
 小さなゲームコーナー。
「何? ユーフォーキャッチャーなら、俺得意だよ?」
「マジで? じゃあ出来れば後でぬいぐるみとって欲しいんだけど。ずっと狙っててとれなくって」
「いいよー。失敗したらごめん」
「ううん。って、そうじゃなくて」
「そうじゃなくて?」
「プリクラとりたい」
 ここなが京介の腕を抱えこんで、言った。
「えー」
 京介は露骨に不愉快そうな顔をする。
「お願い」
 両手を合わせて、下から顔を覗き込む。
 京介はしばらく困ったようにここなを見てから、
「まあ、いっか」
 困ったように笑いながら頷いた。ほら、主体性がない。

 ここなは散々プリクラ機を吟味し、決定する。
「……何か違うのか、これ」
「色々違うよー。あれはね」
 と別の機種を指差し、
「色白になってデカ目になるんだけど、デカ目になりすぎる」
「でかめ?」
「んっと、機械が勝手に目の辺りを判断して強調してくれるの」
 いいながら京介を見て、にやりと笑う。
「そういうキョースケもちょっと見てみたいけど」
「……いやだな」
「でしょ? だから、まあまあ普通のこれ」
 少し間が抜けた会話をしながら、ここなが硬貨をいれる。
 甲高い機械音声にも、ここなは慣れた手つきで対応する。
「……初めてなんだけど」
 京介が小さく呟くと、
「ほんと? やった、はつたいけーん」
 ここなが明るく返した。
「それじゃあ、撮るよ。ポーズを決めてね」
 機械音声に、ここなは京介の右腕をかかえるようにして組むと、空いた手でピースサインを作る。顔の横で、小顔に見えるように。
 京介は少し慌てたあと、ここなに掴まれていない方の手で、同じようにピースした。
 カウントダウンの後、写真が撮られる。
「次のポーズ行くよ」
 機械音声。
「って、まだあるのかよっ」
「そうだよー、六パターンぐらいかな」
 にっこり微笑むここなに、困った顔を返すしかできなかった。
 
「落書きコーナー」
 高い機械音声と、片手に持たされたペン状のものに、京介は固まる。
 横のここなを見ると、慣れた調子で何かを書き込んでいる。
「あの、ココ?」
「んー」
「どうすれば?」
 ここなは顔をあげ、
「任せた」
 凄くいい笑顔で親指を立てた。
 京介はよくわからないまま、スタンプとやらを押してみることにした。

 出てきた写真を見て、ここなは満足そうに頷く。
「どう?」
 京介に見せると、
「あー、俺、顔が強張ってる」
 苦笑い。
「確かにー。でもキョースケっぽい」
「えー、どういうことだよ」
 ここなは楽しそうに笑う。
 ここなが落書きしたプリクラには、初プリとか二人の名前とかが、女の子女の子した丸文字で書かれている。
 京介が一枚だけかろうじて落書きしたものには、
「でも、何故これ、大仏?」
 大仏のスタンプが二人の間に押されていた。
「いや、よくわからなくて」
 ごにょごにょっと答える。
「キョースケらしくていいね。これが一番好きかも」
 ここなは楽しそうに笑った。
「っていうか、大仏のスタンプなんかあるんだねー。知らなかった。誰得なのかなぁ?」
 機械の横にぶらさがっていた鋏でプリクラ台紙を半分に切ると、
「はい」
 京介に手渡した。
 十六分割の半分、八枚が京介の手元にきた。
「……俺がこんなにもらってどうしろと? ここな持ってなよ」
 そういって返そうとするのを、
「いいから。キョースケも持ってなさい」
 ここなは少し睨んで押し返す。
「いや、でも本当……」
「私だってこんなにもってても困るもん。ほらほら」
「……ん、わかった」
 京介は少し迷ったあと、素直に頷くと、財布にそれをしまった。
 それをみてここなは満足そうに頷いた。
「帰ろうか」
 京介が言うと、
「あ、でもぬいぐるみとってね」
 ここなが当たり前のように、ユーフォーキャッチャーを指差し、笑った。