気がついたら眠っていたらしい。
 ここなは目をこすりながら、体を起こした。
 枕元の時計は、正午を指していた。
 いつもならば九時には一度、京介に起こされるのに。朝食が片付かないし、朝日を浴びた方がいいって。でも今日は、その母親みたいな声は聞こえなかった。
 不安にかられて、ベッドから飛び降りると、部屋のドアを開け放つ。
 ダイニングには誰もいない。
「キョースケ」
 小さく名前を呼んでみる。
 出て行っていいとはいったものの、いなくなられると辛い、悲しい、寂しい、苦しい。置いて行かないで、一人にしないで。心中してくれなくてもいいから。もう我が侭は言わないから。だから、せめてそばにいて。でも、それもきっと、我が侭なのだ。
 感情が渦になって、脳内を駆け巡る。泣きそうになる。
 一つ、ゆっくり深呼吸する。
 落ち着いてみたら、昨日と同じように、ダイニングテーブルの上にメモが置いてあった。
 慌ててそちらに向かう。
「ココへ。バイトに行きます。朝ご飯と昼ご飯は用意してあるから。起きた時間によって、好きなように食べて」
 メモの横には、オムライスが置いてあった。
「お昼」
 とだけかかれたメモが、その上に置いてある。
 オムライスの隣には野菜炒め。こちらには、
「+ご飯とみそ汁」
 と書かれていた。朝ご飯なのだろう。
 泣きそうになる。
 あんなに色々自分は勝手気ままなことを言ったのに、出て行っていいとまで言ったのに、彼は普通に食事を用意してくれていた。
 それがどういう気持ちでなのかは、わからないけれども。
「……同情だったりして」
 小さく呟く。
 一人の部屋では、思った以上にその言葉が響いた。自分で放った言葉が、胸を穿つ。
 同情でいいと思っていた。同情から始まる恋もあるし、なんて言った。
 それでも、もしも京介のこれらの行動すべてが、同情に起因するものだとしたら、出て行かれるのと同じぐらい悲しい。
「好きだから」
 最初は、お人好しそうだし、突き放した言い方が好みだった。それだけの理由で家に招いた。万が一、心中してくれたら儲け物だと思った。
 今は本当に、本気で恋している。
 優しいところも、ちょっと唐変木なところも、料理が上手なところも、顔も、声も、体つきも、全部。
 京介は本当のところ、自分のことをどう思っているのだろう。迷惑なやつだ、と思っているんだろうか。
 考えれば考える程、泣きそうになる。
 メモをそっとテーブルに戻す。
 その際、なにか違うものが見えた。表の文字以外の何か。
 首を傾げて、メモを裏返す。
 そこには、やっぱり神経質そうな字で、
「プレゼント、ありがとう。すっごく嬉しい」
 と書かれていた。
 それから、なんか変な四角いもの。真ん中より少し上に横に線が引いてあって、その下には、ぐにゃぐにゃした何かが書かれている。
 これは、多分……、
「え、これ、ジッポ?」
 思わずつっこんでしまった。
「キョースケ、絵、下手。なんでこんなのも描けないのよ」
 思わず口元がゆるむ。笑みがこぼれる。
 ああ、どうしよう、やっぱり好きだ。
 涙がこぼれる、どうしよう。
 涙を拭って、席に着く。
 とりあえず、このオムライスを食べて、そしたら、キョースケに会いに行こう。
 彼がバイトしている喫茶店に行こう。
 どうしても、今、顔が見たい。
 オムライスを口にする。チキンライスに、とろとろ卵。
 美味しいな、と思った。
 でも、少ししょっぱい、かもしれない。

 クローゼットをしばらく見つめて、紺色の膝丈スカートと白いブラウスを手に取った。京介が一番褒めてくれた服。
 いつもより控えめな化粧。つけまつげはつけないで、マスカラだけ。できるだけ、ナチュラルメイクを心がける。
 京介は、これぐらいの化粧の方が好きなのだろう。自分の化粧する時の対応を見ていれば、なんとなくわかる。
 いつもより薄い化粧は、心もとない印象を受ける。少ない武装で戦場にでるようなものだ。
 だけど鏡をみて、出来るだけ笑ってみせる。
 大丈夫。好きな人に会いに行く女の子は無敵だから。