「まあ、確かに、電話があった方がいいですね」 京介のバイト先、喫茶店のマスターはのんびりと言った。 「バイトの連絡とかもありますしね、そっちの方が助かりますね」 「あー、すみません」 テーブルを拭きながら答える。 「というか、本当、すみません。ありがとうございます。俺みたいななんていうかこう、得体の知れない奴を雇って頂いて」 言うとマスターは楽しそうに笑い、 「京介くんは昔のわたしにどこか似ていますから。やんちゃで」 穏やかに微笑むマスターが、若いころはやんちゃで色々と無茶をした、という話は本人から何度も聞いているが、イマイチ信じられない。 「料理も上手だから助かっていますしね。それに」 珈琲をカウンターにおき、微笑んだ。 「君の人柄を信頼していますから」 そういって椅子を勧める。 その言葉に少しのくすぐったさを覚える。テーブルを拭き終わった京介は、休憩がてら素直に椅子に座る。 「俺、電話って苦手なんですよねー、相手の顔が見えないし」 いつものように、豊潤な香りのする珈琲を味わう。 「京介くんは若いのに、少し機械類が苦手ですよね」 マスターがどこか憐れむような口調で言った。 「……マスター、得意ですもんね。パソコンも」 「ええ」 楽しそうにマスターは笑う。 曾孫までいるというこの老人は、それでもスマートフォンを使いこなしていた。 「連れを亡くして、ふさぎ込んでいる時に、孫がくれたんですよ。ボケ防止に」 「お孫さん、優しいですね」 京介は微笑んだ。 からころと、鈴の音がしてドアが開く。 「あ、いらっしゃいませ」 慌てて京介は椅子から立ち上がり、 「なんだ」 入ってきた人物達を見て、ため息をついた。 「あらやだ、何だってなによ、京介くん」 「せっかくのお客さまにその態度はないんじゃないの」 「そうよそうよ」 入ってきたのは店の常連。商店街の奥様達だった。週に一度、木曜日のお昼すぎに彼女達はここに集まっている。週に一度の息抜き、ということらしい。 「ご注文は?」 「いつもの」 代表して八百屋のおばちゃんが言った。 「はい、かしこまりました」 それでもきちんと注文を取る。 彼女達はいつも一番安いブレンドコーヒーだ。 「京介くん、カノジョお元気??」 「ええ、まあ」 カノジョではないけれども、女性と一緒に住んでいるとまで言っている以上、否定できなかった。恋人ではない女性と一緒に住んでいるなんて言ったら、どういうことだとか責任をとれだとか、余計、面倒なことになりそうで。 それに、 「あらやだ、京介くんカノジョ居たの? うちの娘どうかと思ってたのに」 「あらー、あんたの家の娘なんて京介くんだって困るわよね」 「なんでよ」 「だってもう、三十五でしょう?」 「……そうなのよねー」 こういう、無意味なお見合い的なものも避けられるし。 ぺちゃくちゃとした会話をバックに、珈琲をいれるマスターの手元を眺める。 骨張って古そうな傷を持つ、年齢を感じさせる手は、それでもしっかりと珈琲をいれていく。 おしゃべりの合間から、マスターの好みのレコードが流れる。 こういう老後は素敵だな、と京介は少し思っていた。小さくても自分の好きなものを集めた店をやる。自分ならば、小さな料理屋なんてどうだろう。自分に出来るかはわからないけれども。 「はい、お願いします」 「はい」 人数分のいれたての珈琲をトレイに乗せる。いれたての珈琲のいい香りが鼻腔をくすぐる。 「お待たせしました」 できたそれをテーブルに運ぶと、 「カノジョ、連れていらっしゃいよ。見てみたいわー」 と八百屋のおばちゃんがいった。言いながら珈琲を置いた京介の右手をがっしりと掴む。逃げ出せない。 「京介くんの服、その子が選んいでるんでしょう? センスいいわよねー。働いてほしいわー」 とブティックのおばちゃん。 「え、あ、はい、うん」 曖昧に返事をしている間に、話はどんどん膨らんで行く。 結婚式には呼べだの、結婚式のケーキはうちの店で買えだの、着付けはうちの店がやるだの。 「京介くんは、人気者ですねー」 暢気にマスターが呟いた。 |