その少女は五人兄弟の一番上でした。
 両親は仕事で忙しく、弟妹の面倒は全て少女がみていました。
 少女はいつしか、夢を見ることを忘れていました。

 ある晴れた日のことでした。
 少女が洗濯物を干していると、一台の馬車が家の前で止まりました。中から背の高い、赤い髪をした男性がでてきました。
 男性は少女に、しばらく休ませてもらえないかと頼みました。
「連れが体調を崩して困っている」
 少女が男性の肩越しに馬車を見ると、中で髪の長い女性が毛布にくるまって眠っていました。
 少女はしばし悩んだ末、一番玄関に近い部屋に案内しました。

 その部屋は、少女の狭い家の中でも特に狭い部屋でした。
 少女がそういって男性に謝ると、男性は首を横にふりました。
 それからおどけたように言いました。俺達の家は、時にこの上もなく広く、時にこの上もなく狭い、と。  少女は男性の顔をじっと見て、それはどういう意味かと尋ねました。
 男性は、前者は野宿であり、後者は馬車の中であるといいました。
 少女は、そこでやっとわずかながら微笑みました。
 少女は男性に尋ねました。
「どこまで行くのですか?」
 男性は答えました。わからない、と。
「どうして旅をするのですか?」
「なんとなく。」
「なんとなく?」
「ああ、なんとなく。そうだな、定住できない性格なんだ。」
「何をして生活しているのですか?」
「お宝探しだよ、いい年して笑っちゃうだろ?」
 少女は、本当にそれはおかしいと思いましたが、常識はわきまえていたので笑うなどということはありませんでした。
 その代わり問いました。
「どうして、お宝探しなど?」
「さぁ、どうしてだろうな。」
 男性はわずかに微笑んで、男性の膝の上に頭をのせて眠っている女性の髪を撫でました。
「それが好きだから、かな?」
「でも、もっとちゃんとした仕事を手にした方がいいとは思わないのですか?」
 少女の問いに男性は眉をひそめました。

「ちゃんとした仕事って何よ?」

 棘のある高い声がしました。
 少女が声のした方をみると、女性がゆっくりと起きあがっていくところでした。男性が慌てたようにその背中を支えました。
「ちゃんとした仕事って何よ?」
 女性はもう一度言いました。
 正面から見たその顔は、自分と同じくらいに少女には見えました。
 女性は少女に構うことなく言いました。
「安定した給料? 安定した生活? 人に誇れること? 汚れた仕事じゃないこと?」
 男性が、もうやめろと言いました。けれども女性は続けます。
「あたしはこの仕事に誇りを持っているわ、それで十分じゃないの?」
 少女はやっと口を挟みました。
「だって、そんな危ない仕事、いつ命を落とすかもわからないのに……」
「構わないわよ、そしたらそれで自分の実力がなかっただけってことじゃない」
 吐き捨てるように女性は続けます。
「それじゃぁ、あたしは逆に貴女に問うわ。貴女は自分の今の人生で満足しているの? もし明日死ぬとなったら、満足して死んでいけるの?」
 そこまでいって女性は咳き込みました。男性が慌てて背中をさすり、無理矢理寝かせました。それから、
「連れがすまないことを言った。申し訳ない。少々気がたっているようだ」
 そういいながらも、その目はとても優しげでした。
「だが、連れの言うことも一理あるだろう。是非とも考えてもらいたい」
 それだけ言って立ち上がりました。
「これ以上長居すると、連れがまたぶしつけなことを言いそうだ。休ませてくれてありがとう」
 そういうと小さな袋を少女に渡しました。
「宿代だ」
「こんなの、受け取れません」
 つっかえそうとした少女を男性はゆるりとかわしました。
「ならば溝にでも捨ててくれればいい、違うか?」
 そのまま女性を抱えて去っていきました。

 少女はその背中を見送り、途方に暮れました。
 かなりの重みのある金貨の入った袋を見て途方に暮れました。

 女性の言葉を思い出しました。
『もし明日死ぬとなったら、満足して死んでいけるの?』
 もしそんなことになったら、自分は醜くあがくだろうと思いました。そんなのは、なぜか許せませんでした。

 少女は、両親に置き手紙と男性から受け取った袋を残して、そっと家を出ました。
 女性と同じことをしてみたかったのです。

 けれども、何の力も術も持たない少女が旅をしていくのは無理なことでした。
 もってでてきたわずかなお金も、食料を買ったり盗まれたりしてなくなりました。

 砂漠の真ん中で、少女は倒れました。
 おなかがすいて、喉が渇いて、今まさに、女性の言っていた『死ぬとき』なんだと思いました。
 目を閉じると、後悔だけが押し寄せてきました。
 どうして外にでてきてしまったのだろう?
 家族は大丈夫なのだろうか?
 どうしてみんなをおいてきてしまったのだろうか?
 つきることがない泉のように、あとからあとから……。
 意識がとぎれそうになる瞬間、少女はあの男性の赤い髪の毛を見た気がしました。

「お目覚めかしら?」
 少女が目を開けると、真っ先にそういわれました。目の前にあの女性が座っていました。
「……え?」
「そんな細い体で旅に出るなんて無謀よね、素人の一人旅なんて危なくて仕方がないわ。あたし達が通りかからなかったら、あの砂漠の真ん中で朽ちていたでしょうね」
 女性はそういうと、笑いました。
「旅の感想はどうかしら?」
 少女は女性を見て、それから周りを見回してから小さく言いました。
「おなか空いた」

 少女は目の前に出された料理を急いで食べました。
 女性がそれを笑いながら見ていました。その隣で男性がたき火に火をくべていました。
「ごちそうさまでした」
 少女がそういうと、男性が顔をあげて、口にあったか? と問いました。少女は頷き、おいしかったですと答えました。
 男性は嬉しそうに笑いました。

 少女は二人に問いました。
「あなた方が私を助けてくれたのですか?」
 男性が小さく頷き、言いました。
「連れの言葉のせいでこうなったんだ、気に病む必要はない」
 女性はその言葉にふんっとよそを向きました。
「別にあたしはけしかけてなんていないわ」
 女性は男性にそういうと、再び少女に向き直りました。
「それで、旅の感想はどうかしら?」
 少女はぽつぽつと話し出しました。
 お金を盗まれて途方に暮れたことや、死にそうになったとき後悔しか押し寄せてこなかったこと、家に帰りたいことなどを。
 女性は微笑みました。
「貴女はいい子ね」

 その夜、少女はどうしても眠れずに、火の番をしていた男性と一緒に起きていました。
 女性はだいぶ前に寝袋に入って寝ていました。
 少女は、昼間の女性の言葉の意味について問いました。
 男性は火の勢いを調節しながら答えました。
「おそらく、君が自分の大切なものを見つけたからだろう」
「大切なもの?」
「宝。護りたいもの」
 男性は続けます。
「最初に、宝探し人だと名乗ったと思うが、宝というのは何も金銀財宝を指すばかりではない。例えば、家族とか国とかそういうものが宝でも俺はいいと思う」
 最後に、もし君が宝を見つけたのならばその手伝いができて嬉しいと言いました。

 次の日、少女は家まで送ってもらいました。
 玄関の前でしばしためらいました。
 今更うけいれてもらえるかわからないと思ったのです。
 おそるおそる手をあげて、ドアをたたきました。
 少女の一番下の妹がでてきました。
 妹は少女の顔を見ると顔を明るくしました。そして、他の兄弟と両親を呼びにかけていきました。
 母親は涙ながらに、怪我はないかと問いかけてきました。
 父親は大きく頷くと、一つ少女の頭を撫でました。
 弟妹は少女の足にしがみつきました。

 少女がお礼を言おうと後ろを振り返ると、そこにはもう旅人の姿はありませんでした。
 自分の本当に大切なものを見つけた少女は、家族みんなで仲良く暮らしました。