「あらあら、あなたたちが新しいお隣さんね」
「新婚さんかい?」
「ええ」
「彼女の名前は、オルガ」
「よろしくお願いします。オーリヤって呼んで」
「僕はサイラス。サイでいいさ」
「よろしく、サイ、オーリヤ」
「私はワンダ。彼はローデリッヒよ」
「せっかくお向かいさんになったんだ。お互い仲良くしような」
「ええ、ありがとう。助かるわ」
「早速だけど、何か御用はある?」
「いいえ、今はいいわ。引っ越してきたばかりで散らかっているし」
「なら、手伝うわよ」
「あら、今のこの状況は誰にもお見せできないのよさすがにそれぐらいは自分達でしたいしね」
「何かあったら遠慮なく頼みに行くよ」
「ええ、お待ちしてるわ」
「じゃぁ、これからよろしく」

「いい人そうな人たちだな」
 ローデリッヒは引っ越してきた新婚二人をそう評価した。
「そうね」
 夫の腕をとりながら、ワンダも頷いた。
「オーリヤの金髪がとても綺麗だったわ」
「そうだね」
 ローデリッヒが向かいの自分の家のドアをあける。
「あの金髪、欲しいわね」
 ワンダはそう言って嗤った。

 *

 がさり、がさり、
 その人物はベッドの二つのふくらみを見つけると、足音を消してそれに近寄る。
 枕カバーに広がっている金色を闇の中で確認すると、そこのふくらみに向かってナイフを思いっきりつきさした。
 ぐさ、
「?」
 その感触が人を断つ、慣れ親しんだ感覚ではないことに彼女は首をかしげ、
「はぁい、ワンダ。Hold up」
 その頭に固い何かが押し付けられた。
「随分と乱暴な歓迎よね? もしかして、それがこの辺りの流儀? だったら失礼だったかしら?」
「おっと、そこにいるローデリッヒも動かないでもらおうか」
 カーテンの陰で動いた人影に、闇の中できらりとひかる何かが向けられた。
「オーリヤ、サイ……」
 銃口を向けられたワンダは首をひねって自分にそれを向けている、この間ひっこしてきた新婚夫婦の妻の方を見つめる。
「違うわよ」
 銃口はそのままに、ポケットからそれを取り出すと、掲げた。
「あたしの名前は、ノエル・バライト。彼は」
 同じように剣をローデリッヒに向けたまま、夫も同じようにそれを掲げ、名乗った。
「ソル・フェリア」
「IPA……」
 ローデリッヒがその取り出された身分証を見ながら呟いた。

 *

「これがその問題の家なんだが……」
 彼らの上司、エルネストは写真の添付された書類を手渡した。ノエルはそれをうけとり、ソルがそれを横から覗き込んだ。
「この家に住んでいる人間が皆殺し、ね。それも3家族。……遺体には全部毛髪が無かったって本当?」
「ああ、異常だよな。それだけ殺人事件が続いてしまったら、もう家の引き取り手もいないらしい」
「それはね」
「それで、これをどうしろと?」
 エルネストは追求してくる二人の視線から僅かに逃れるように視線を下に向け、
「潜入捜査をお願いしたい」
「潜入捜査、ね」
 ノエルはふんっと鼻を鳴らした。
「不満か?」
「まさか」
「ならよかった」
 ノエルの言葉に、珍しくエルネストが微笑んだ。
 瞬間的にこれはなにか裏があると、彼の直属の部下二人は悟り、半歩後ろにさがった。
「二人で新婚夫婦のふりをして頼む」
 どこかひきつった笑みを浮かべながらも、無慈悲な上司は告げた。

 *

「まぁ、そんな感じでね。あたし達、この家で起こっている殺人事件の真相を調べに来たの。もぉ、大変だったわよ。あんな新婚のふりとかさせられて」
「まったくだな」
「三日で来てくれて助かったわ。あと少しでも続けていたら発狂しちゃってたかも」
 ノエルはそういって笑う。
「まぁ、とりあえず殺人未遂の現行犯で逮捕させてもらうから」
 そういってそれぞれの腕に手錠をかける。
「君たちには黙秘権がある。しゃべったことは法廷でふりに扱われることがあるから、そのつもりで」
 お決まりの文句を口にすると、ソルは切っ先を少し下げながら尋ねる。
「一連の事件は?」
「俺たちだよ」
 ローデリッヒは諦めたように座り込みながら答えた。
「何故?」
「髪の毛を欲しがったんだ」
 ローデリッヒが言う。
「髪?」
「彼女が髪の毛を欲しがったんだ」
「だって、私のこの髪の毛、綺麗じゃないもの」
 そういって茶色い髪をひっぱる。
「あなたの金髪とか、すてきよね」
 焦点の合っていない目で言われて、ノエルは眉をひそめた。ソルも軽く顔をしかめ、それから
「調書取るからご同行願おうか」
 そう言ってローデリッヒを立ち上がらせた。

 *

「ご苦労様」
 エルネストが二人に言った。
「まったくね」
 ノエルが足を組みながら答えた。
「あの二人は?」
「罪状は殺人と殺人未遂、それから遺体損壊だけれども……」
「精神鑑定?」
「それしだいだな」
 ソルの質問にエルネストが答えた。
「そうですか」
 ソルはため息をついた。
「お疲れだな」
「それは疲れますよ」
「そうね、ただの捜査じゃなくて夫婦のふりとかさせられたし」
「そこまでしたのに犯人に罰がなかったらやってられませんよ」
「本当」
 二人はしみじみと頷きあう。
「そんな二人に調べてもらいたいものがあるんだ」
 エルネストがこの間と同じような笑みを浮かべていった。
「古代遺跡発掘所での変死体。研究者とその助手ってことで、よろしく頼む」