その日も仰々しい金持ちの馬車が大通りを通っていた。 ただ、いつもと違っていたのはその列の後ろを俺と同じか少し下ぐらいの少女がいたことだけ。手をつながれ、明らかに衰弱しているのに無理矢理歩かされている。 街の人間はだれもとめない。 当たり前だ。 とめたら自分も同じ目か、いいや多分、夕日色に染まることになるだけだから。 だから、俺も見て見ぬ振りをするつもりだった。 ただ、少女が泣いているのを見てしまって、さっさと立ち去れるほど人間を棄ててはいない。 だからと言って何も出来ない。 「はいはい、ストップ」 場違いなほどよく通る、涼やかな声が聞こえてきた。 声の主は金髪の女性で、にこにこ微笑みながら行列の真ん前に立っていた。その隣には、なんだかぼんやりした男もいた。 「貴様、誰だ!」 金持ちは馬車から顔だけだして降りて怒鳴る。 女性はゆっくりと、もったいぶるように手帳のようなものをとりだし、相手に見せつけた。 「国際警察軍のノエル=バライト。こっちは相方のゼフィランサス」 国際警察軍? こんな辺鄙な田舎町に? 一体、何をしに? 警察なんて役に立たないと知っている。権力だけを振りかざしている、ただの子ども。 女性は笑みを崩さずに問う。 「ところで、グレゴリー郷。国際法で人身売買は禁止されていることをご存じですか?」 金持ちは、答える。 「人身売買などではない。雇っただけだ」 「あらあら。我々が今此処にいるのが、彼女の居た村の村長からの依頼だとしても? 貧窮に耐えきれず、村の若い女性を売ってしまったと、彼が懺悔してきたのだとしても?」 微笑んだまま彼女は言う。 怖い人だと思った。 微笑みは時として、相手を威圧する一番強い表情になる。 「わ、わたしを捕まえる気か? そんなこと、領主がお許しになるわけ……」 「こちらは領主の方から頂いた、貴方を捕まえる許可証です」 女性はそれを金持ちに渡す。それに目を通した金持ちは、顔を青ざめ、……そして、それを勢いよく破った。 大衆からどよめきが起きる。 「残念。そちらは偽物です」 一瞬勝ち誇った顔をした金持ちに向かい、女性は冷たく言い放った。 それをきき、皆が安堵の息を吐く。 さっきから見ている限り、この女性の行動は自分に絶対の自信がなければ出来ないようなことだと思う。 「貴方は自分は特別だとお思いになられているようですが、そのようなことはただの思い上がりです。身を滅ぼしてからでは遅いですよ。まったく、世の中どうして、そういうことに気づく聡明な人間ほど苦労を強いられるのでしょうかね? 考えたことはお有りになって?」 金持ちはしばらく怒りにか、それとも恐怖にか、震えていたがやがて駆け出し、少女を腕の中に捕らえた。 そののど元にナイフを突きつける。 「あらあら、三流ですね」 「そこから動くなよ!」 「ええ、ここからは動きません」 ここからは? それは一体どういう意味なのだろうか? 金持ちはその微妙なニュアンスには気づかない。 当然だ。冷静に考え、それに気づく余裕があったのならば、こんなことしない。 「領主は、どうなるんだ! あいつは人身売買を黙認していたのに、それなのに!」 「貴方を捕まえる許可並びにそのほかにもこの地で人身売買に関わっていた人間の名前を挙げる。 それと交換で罪には問いませんでした。司法取引ってやつですね。 考えてみてもごらんなさい。貴方のような三流金持ちが一人二人いなくなろうと、住民にとってたいした問題ではありません。しかしながら、領主が居なくなったらみな、困るでしょう。 領主をしょっぴくのは次の領主が決まってからです。」 そのまま、ゆっくりと女性は銃を構えた。 まさか、撃つつもりなのだろうか? この距離から? 絶対に、少女にも当たるじゃないか! 考えた瞬間、俺は女性に向かって走り出していた。 女性は俺に気づくと、舌打ちをする。 そのまま叫んだ。 「ゼフィ!」 そして、 銃声がしたのと、何かにあたり腹部に痛みを感じたのは同時だった。 そして足音と、金持ちの声。 何がどうなったのかわからない。 しばらくの後、地面にうずくまっていた俺のところの女性がやってきた。 「あんたね、公務執行妨害で逮捕するわよ」 綺麗な眉をひそめながらそういうと、俺に片手を差し出す。 改めて近くで見てみると、とても綺麗な顔立ちをしていた。 素直にそれに捕まり、立ち上がる。 「あの子は?」 つっかかるようにしてそう聞くと、女性は自分の後ろを指さした。女性の肩越しにそちらをみると、金持ちが腕をつながれ、少女は解放されていた。 金持ちは腕を怪我していたが、少女には怪我一つ無い。 「あの距離から撃とうとするからには、人質に当てない自信があるわけ。まったく、逆にあれで逃げられたらどうするのよ」 そういってから、今度は俺の顔をみて、心配そうな顔をする。 「それでも、とっさのこととはいえ、蹴っちゃってごめんなさい。大丈夫?」 「え、あ、はい、大丈夫です」 そう、よかったと女性は笑う。 この人は俺の知っている警官とは違う気がした。 「……あんた、ちゃんと働き口、あるの?」 俺の身なりを見てなのか、そういう。 「余計な……」 「違うわよ。別に同情とか、あんたをしょっぴこうとかそういうことを思ったのではなくて」 女性は後ろで毛布にくるまって泣いている少女に目を移す。 「あの子の両親亡くなっていて、あの子、村に戻っても一人なんだって。だから、こっちで仕事でも紹介しようかと思ったんだけど、一緒にどうかと思って。」 それから、にぃっと笑う。 「あんた、あの子に惚れてるんでしょ?」 「な!!」 「あはは、照れない照れない」 「いや、違う! そうじゃなくて!!」 俺は全身で否定しようとするが、女性はそれに構わずに続ける。 「どうする?」 「……お願いします」 この人になら、ついていっても平気そうな気がした。 「了解」 女性はふざけて敬礼すると、相方と言っていた男に声をかける。 「ゼフィランサス。事後処理お願い」 「は!? ちょっとまて、なんで……」 「本当は今日から休暇なのよ、あたし。」 そういって夕焼けに目をうつす。 「……彼が待っているから、はやく帰りたいんだけど」 男はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。 「わかった」 「ありがとう。それから、この子もよろしく」 そういって俺の背中をおす。 「え、ちょっと」 俺は抗議の声を上げるが、女性は構わずに片手を振って立ち去ってしまった。 「……なんだあれは」 ものすごく不安になった。自分のこれからをこんな頼りなさそうな男に預けるのかと思うと。 そんな思いを込めて男を見たら、男は肩をすくめた。 少女が、ゆっくりと俺に近づいてくる。 「……名前は?」 おびえたような声で尋ねられて、一瞬悩んだものの素直に答えた。 「……ユーマ」 「……あたし、キャッシー。その、よろしくね」 精一杯の笑みをみて、確かにあの女性の言っていた“惚れた”というのも嘘ではないのかも知れないとほんの少し思った。 「……よろしく」 |