空はすっかり、夕焼けの色を失っていた。約束の時間はとっくの昔に過ぎている。
 ソルは空を眺め、小さくため息をついた。

 意を決して、ドアを叩く。
「はぁぁい」
 子どもの高い声がして、ドアがあく。
「あ、ソル兄ちゃん」
 銀髪をゆらしてドアをあけたリリスは、ソルの姿を見ると嬉しそうに言った。
「こんにちは」
 ソルはリリスの髪を撫でる。リリスはくすぐったそうに笑うと家の奥へと言った。
「お姉ちゃん。ソル兄ちゃん来たよぉ」
 そのあと、ゆっくりと一人の女性が現れる。短く癖のある黒い髪を軽くふり彼女は言った。
「遅い」
「ご、ごめん。その仕事が……」
「そう、大変ね」
 冷たく棘のある声に、ソルは天井を仰ぐ。
 彼女の名前はレーラ。ソルの恋人であり、リリスの姉。
 そうしていると、リリスがソルの上着の裾をひっぱり、しゃがむように合図する。ソルは天の救いとでもいいたげに、それに従う。
 リリスはソルの耳に手をあてると、小さな声で内緒話。レーラはそれを横目で見ながら聞き耳を立てる。
「あのね、お姉ちゃんね、今日は一時間もお化粧してたんだよ」
「リリスっ!」
 最後まで言わせずにレーラは怒鳴る。
 リリスはひゃーと叫んでソルの背中に隠れる。
「ああ、だからか。今日はいつもより一段と綺麗なのは」
「世辞はいいから」
 間髪おかずレーラはいう。ソルはがっくりと背中をおとす。
 レーラはリリスの手を握ると、家の中へ入る。そして、困惑しているソルに言った。
「何してるの? 入るんでしょ?」
「ソル兄ちゃん、早くぅ!」
 リリスも手招きする。
 ソルは小さく笑うと、 「おじゃまします」
 中へはいった。

   *

 本部長室。
 そうプレートに書かれていることを確かめると、ノエルはノックをする。いつも通り三回。
 そうして、小さく開け、中をのぞく。
「エル?」
 返事はない。
「エル、いないの?」
 そういって隙間から体を滑り込ませる。
 視線を動かし、そして机の辺りで視線をとめ微笑んだ。
 彼女の婚約者にして、国際警察本部長代理は椅子に座り眠っていた。
「珍しい」
 ノエルは彼を起こさないようにゆっくりとドアを閉める。そして椅子を一脚もってくると、エルネストの前に座った。
 机の上に頬杖つき、滅多に見られない寝顔をみて微笑む。
 いつもは寡黙だの冷酷だの部下に言いたい放題言われている彼のこういう顔を見たことあるのは自分だけだろう。
 彼は一体いつになったら起きるだろう? 起きたとき、目の前にいる自分を見てどう思うだろう?
 そう考えて、なんだか嬉しくなってもう一度笑うと、ノエルは小さく目を閉じた。