「ただいま」 スーパーでの買い物を終えて、家に戻ると、 「おかえりなさーい」 ぱたぱたとマオが玄関まで出て来た。 「走らない」 「走ってない!」 うそつけ、走っていただろうが今。 テレビはニュースを流している。ああ、飽きたんだな、さては。 「夜ご飯なにー?」 スーパーの袋を覗き込んでくる。 「んー、シチュー。っていうか」 野菜達と一緒にいれていた、ペンダントの袋を渡す。 「これやる」 「え? なになに?」 小さな袋を受け取ったマオが、驚いたような顔をする。 「あけていい?」 「どーぞ」 びりびりと、酷く乱暴に袋をあけたマオが、 「わー」 出て来たペンダントを目の前にかざして、きらきらと顔を輝かせた。 「え、なに、どうしたの? どういう風のふきだまり?」 「強引に売りつけられた。あと、吹き回しな」 また優しいから気味が悪い、とか言われないように言い訳する。浮かれたマオは、そんなこと聞いちゃいなかったが。 「えー、わー、嬉しい! 猫、可愛い! 緑お揃い!」 えへへ、っとだらしなく頬を緩ませる。 思っていた以上に喜んでくれたので、こちらも小さく唇を緩ませた。 「ね、つけて! つけて!」 はいっと渡される。自分でつけろよ、とは思ったが、ここまで喜ぶのならば、多少サービスしてもいいかもしれない。 「後ろ向いて、髪じゃま」 後ろ向いたマオが、髪の毛をひとまとめにする。ペンダントをそっととめた。 「はい」 「ありがとー! 大事にするね!」 こちらを向いて、マオがまた、さらに笑う。首元の猫を指で弾く。 かわいいねーなんてペンダントに向かって話かけていたが、 「そうだ!」 ソファーに置いてあった自分のケータイをとってくる。 「写真撮って!」 そしてそれを隆二に渡した。 途端に、渋い顔になったのが自分でわかった。撮ってって、お前。 「もー、待って」 それを見て、マオが呆れたような顔をしながら、ケータイを操作する。 「はい、これで大丈夫。あたしに向けて、そのカメラのマークそっと触ればいいから」 ご丁寧にカメラを起動させてくれた。 しぶしぶ、それを持ってマオに向ける。 浮かれた顔をしたマオとペンダントが画面にはいるようにして、言われたとおりカメラのマークに触れた。 かしゃっと音がする。 「撮れた?」 横からひょいっとケータイを奪いとられた。 「あ、うん、撮れてる撮れてる。ほら」 見せられた画面には、確かに浮かれたマオの写真があった。 よかった、取り直しを要求されなくて。 「そうだ」 隆二のズボンのポケットからひょいっと、隆二のケータイを抜き取った。 今度は何を企んでいる。 「マオ」 呆れて名前を呼ぶと、マオは手慣れた様子で隆二のと自分のケータイを操作しながら、 「これ、隆二のケータイの待ち受けにしてあげる!」 とんでもない発言をした。 「ちょっ」 慌てて取り返そうとすると、それよりもはやく、マオはひょいっとソファーに飛び乗った。 「跳ねない!」 「もー、あとちょっとなのー!」 ソファーのうえに立ち上がり、隆二からケータイを庇うように背中を向ける。 「ちょっとじゃなくて、返せ」 近づいて手を伸ばすと、マオはそれを避けるように身をよじった。ソファーの端っこでそんなことをするから、バランスを崩して倒れそうになる。片足がソファーから落ちる。 「ひゃっ」 「マオっ!」 それほど高くないとはいえ、足を捻るぐらいはしかねない。慌てて手を伸ばし、その体を支えた。 「わ、びっくりしたー」 無事着地したマオが、驚いたような顔をする。 びっくりしたのはこちらの方だ。頼むから、むやみやたらに怪我するようなことをしないで欲しい。なんで家の中でまで、こんなに肝を冷やさなきゃいけないんだ。 「マオ! お前な」 「助けてくれて、ありがとー」 小言の一つ二つ言ってやろうと口を開いたが、笑顔でそうお礼を言われて言葉につまる。わかっているのか、わかってないのか。 マオはそんな隆二のことは気にせず、ケータイを操作し、 「あ、はい、できたよ」 隆二にケータイを返した。 受け取ってみると、確かに待ち受け画面がさっきの浮かれたマオの写真になっていた。 「勝手になにすんだよ!」 直せないだろうがっ! 「それが嫌なら隆二が、自分でがんばって直せばいいんだよー」 どうせ無理でしょう? と言いたげに勝ち誇って笑われる。実際無理なのだが。 しばらくケータイを睨みつけていたが、 「……まあ、いいか」 誰に見せるものでもないし。 そう自分を納得させると、諦めてケータイをテーブルの上に置いた。 「……怒った?」 ここにきて、急にマオがそう尋ねてくる。恐る恐る、隆二の顔色を伺うようにして。不安になるぐらいなら、最初からこういうことするなよ。 「呆れてるだけ」 溜息まじりにそう言うと、片手でその頭をぞんざいに撫でた。それにマオが、安心したようにちょっとだけ笑う。 「あと、あんまり飛び跳ねたりしないように。危ないし、下の人に迷惑になるから」 「……危ないし、心配?」 なんでそこでちょっと嬉しそうな顔をするんだ。 「下の人の迷惑になるから」 後半の理由を強く推すと、 「……はぁーい」 ちょっと頬をふくらませる。 「ほら、夕飯作るから」 ちょっとどいてて、と言おうとすると、 「手伝う!」 元気よく言われた。 手伝う、ね。台所って刃物も火もあって危ないんだがなー、とは思いつつ、 「じゃあ、とりあえず買って来たものしまっといて」 無難なところを頼む。 「はーい」 マオは持っていたケータイをテーブルの上に置くと、代わりにスーパーの袋を手にとった。 マオのケータイには、猫のぬいぐるみがついている。ストラップにしてはでかすぎだろ、とは思うが本人は気にしていないらしい。裏返しておかれたケータイ。そこには、この前とったプリクラが貼られていた。最初の、一番うまくとれたやつ。 それを見て少しだけ微笑む。 まあ、マオが楽しそうだし、いいか。 「りゅーじー!」 「はいはい」 台所で手招きしているマオの方へと向かった。 |