毎月十五日。それが、マオの食事の日だ。
 実際は、多少食事の日がずれても、問題はないらしい。だが、一日でも遅れて、またマオが消えるようなことになっては困る。
 だから、毎月十五日をその日と決めていた。
『それでは』
 ソファーに座った隆二の前に立ったマオが両手をあわせる。
『いただきます』
 律儀にそう言うと、隆二の頬に手を伸ばした。
 だからこの食事方法、なんとかならないわけ?
 幾分、うんざりしながら瞳を閉じる。いや、閉じるのもどうかと思うけれども、あけておくのはもっとどうかと思うし。
 と、月に一回の謎の葛藤。
 触れていた唇と、頬に置かれた手に熱を感じる。
 同時に、それらが離れた。
「ごちそうさま、です」
 マオの言葉に目をあける。
 ちょっと困ったように笑いながら、実体化したマオが立っていた。
「おそまつさまで」
 言って、だらっとソファーに座り直す。
「んー、さすがに寒い」
 霊体の時と同じ、白いキャミワンピを着ているマオが肩をさする。
「着替えて来い」
「そーする」
 いいながら、隣の部屋に消えた。
 霊体の時のマオが身につけている、あのワンピースの構造も対外謎だ。実体化したときは、ワンピースも実体化する。脱ぎ着することができる。
 そして、不思議なことに、霊体に戻るとき、どんな服を着ていても、あのワンピース姿に戻るのだ。タンスに仕舞っていたはずのワンピースは消えている。
 マオの霊体を構成する一部。それが、研究班の認識だった。
「ねー」
 隣の部屋から声がとんでくる。
「んー」
「写真、とりにいこう!」
 弾んだ声。
「……写真?」
「もー、忘れたの? 約束したじゃない!」
「……ああ」
 そういえば、そうかもしれない。
 しかし、
「とりにいこう?」
 隆二としては、次に研究所に行った時にでも、エミリにとってもらうつもりだったのだが。
「そう」
 着替え終わったらしいマオが、ひょこっと顔をのぞかせると、
「あたしね、憧れてたの」
「なにに?」
「プリクラ!」
 にぱっと笑った。

   ゲームセンターというのものに、はじめて足を踏み入れた。
 霊体のころに何度も来ていたというマオに、ぐいぐい腕を引っ張られながら、奥に進んでいく。
 ところで、聞くタイミングを逃したのだが、プリクラとは一体なんなのか。
 それなりに、現代文化に溶け込もうと思っている不死者だが、頑張る気がないのでどうしても遅れがちだ。
「これ!」
 指されたなぞの機体。そこに描かれた写真。文字やハートマークなんかが描かれた写真。
 制服を着た女子高生二人が、小さい写真がたくさんついているシートを二つに切っていた。
 どこかで見たことある。
 考えて思い出す。タンスの奥にそっとしまい込んだ、京介のジッポ。あれに貼られていた写真シールがこれだ。
 なるほど。
 唇が皮肉っぽく歪む。
 というか、これを俺にやれというのか、こいつは。
 うんざりしながら、数体並ぶ機体を、どれにしようかな、で選んでいるマオを見る。
 何かの罰ゲームか。さすがにここまでのことは想定していなかった。
「りゅーじ」
 どれにするか決めたらしいマオに手招きされる。
 しぶしぶ近づくと、カーテンの中にひっぱりこまれた。
「なあ、マオ」
「んー」
 財布の中から、小銭を探しているマオに声をかける。
「お前、これ、やりかたわかってんのか?」
「雑誌で読んで勉強したから大丈夫」
「……ああ、そう」
 そういうとこだけは、本当、しっかりしているよな。
 小銭を投入し、機械音声の指示に従ってなにやら操作しているマオをぼんやりと眺める。
 なんか、もうなんでもいいから、はやく終わんないかな。
「それじゃあ、撮影するヨ!」
 機械音声。マオが隆二の腕をとって、ピースサインした。
 かしゃっと、一枚とられる。
「ちょっと」
 マオが隆二の横顔を睨みつけながら、
「なにその、直立不動の無表情」
 唇を尖らせる。
「ポーズとれとは言わないから、にっこり笑ったりできないのっ」
「……無茶言うなよ」
 うんざりしてマオを見る。
 見てから、思ったより近い顔に、距離をそっととった。
 実体化して、普通に立って並んではじめて気づいたが、マオの方が隆二よりわずかだが背が高い。普通に立って並ぶと、顔がとても近い。
「あのね!」
 マオがさらに膨れたところで、
「それじゃあ、とるヨ!」
 機械音声。三、二、一のかけ声で、かしゃっという音。
「えっ」
 慌ててマオが画面を見た時には、呆れたようにマオを見る隆二と、頬をふくらませたマオの姿があった。
「もー! 隆二のせいでとんでもないことになったじゃない!」
 ますます膨れる。
「……俺が悪いの?」
 などとやっている間にさらにシャッター音。
 結局、マオが無事に前を向いてうつっていたのは最初の一枚だけで、あとは隆二に向かって怒っていたり、シャッター音に慌てたりしている顔だった。
「もー!」
 落書きコーナーなる場所に移動しながら、マオが膨れる。
「こんなはずじゃなかったのに」
 いいながら、何か書き込んでいく。
 落書きできるという画面は二つあるが、万が一壊したら怖いので、隆二は触れない。触らない。
 その落書きも終わって、出て来たシートを見る。
「……字、ヘタだなぁー」
 最初の一枚に書かれた、「まお」と「りゅーじ」という字。ミミズが這ったようなその字をみながら呟くと、またマオが膨れた。というか、「ま」の丸のついている向きが逆だ。
「難しいんだもん! はじめたばっかりだもん!」
「はいはい。帰りに平仮名練習帳買ってやるから」
 言いながら、一応他の写真に目を通す。
 きらきらした星やらハートやらに紛れて、「このとーへんぼく!」なんて書いてある。怒ったマオと、呆れたような隆二の写真。
「本当、こんなはずじゃなかったのに」
 むすっと膨れるマオの頭を、軽くこづく。
「……俺はいいと思うよ」
「なにが」
「らしくて」
 言うと、マオにシートを手渡して、帰ろう、と歩き出す。
「あ、待ってよ」
 慌てて隣に並んだマオが、
「らしい?」
 首を傾げる。
「……お前らしいだろ、バカっぽくって」
 言うとまた一度膨れてから、
「でも、確かに隆二らしいね」
 ふふんっと勝ち誇ったように言った。
「隆二はいつも、こういう顔してるもんね」
 目の前にシートをかざし、眺めてから、満足そうに頷く。
「うん、日常の一コマって感じで、悪くないかも」
 とんだ日常だな。
 思いながらも、自分の感想と一緒だったので何も言わない。
 納得して機嫌を直したのか、マオはそれを鞄にしまう。
 変に固まって、笑顔を作っているよりも、さっきの写真の方がよっぽどいい。
「転ぶなよー」
 それを確認すると、空いた手を掴む。
 外を歩くとき、手を繋いでいないと少し不安だ。どこかに行ってしまいそうで。
「転ばないよ!」
 転ばないように手を繋ぐ、という隆二の言葉を信じているマオも満更ではないらしい。口ではなんだかんだいいながら、手を握ってきた。
「ねー、りゅーじ、カレー食べたい」
「カレー? おこちゃま用甘口カレーでいいか」
「よくなーい」
 マオの言葉に適当に言葉を返しながら、家路についた。