第二幕 愛猫フォトコンテスト結果発表


『きゃーっ!』
 ソファーでうたた寝していた隆二は、居候猫の悲鳴で目をさました。
「マオっ!?」
 慌てて体を起こし、声の方を見る。
 マオが口元を両手でおさえ、
『ひゃーっ!』
 また声をあげた。視線はテレビに釘付けだ。
 なんとなく状況が理解できて、立ち上がりかけた体を、またソファーにおろす。
 これはあれだ、悲鳴じゃなかった、黄色い歓声ってやつだ。
 幸いだったのは、今のマオが幽霊なことだ。これが実体化している時だったら、近所迷惑だったことだろう。
『採用されたっ!』
 テレビ画面に写っているのは、半分透けた状態で浮かれてピースサインしている、この幽霊の姿だった。
 見覚えのある写真。隆二がケータイを手にしたころ、マオに言われてとった写真。
 そういえば、例の心霊写真は、あの後エミリに頼んでテレビ番組に送ったのだった。それがどうやら、採用されたらしい。
『なんで、うちにはビデオないのっ! ケータイケータイっ!』
 マオは画面を見たまま、片手を伸ばし、テレビ脇の棚に置いてある自分のケータイに手を伸ばし、
『ああっ、あたし、今、幽霊の方だったっ!』
 空を切った手を恨めしく見る。
『隆二! とって!』
「諦めろ」
 もうカメラの起動の仕方なんて覚えていない。
『えー、もうっ!』
 言っている間に、マオの写真は消えて、別の話になった。
『あーあ、記念に写真とっときたかったのになぁー』
 ぷぅっと膨れる。
 写真がテレビに映っているのを写真にとりたい、とは一体どういうことなのか。隆二にはその感覚がよくわからない。
 むすっと膨れたまま、ごろんっと畳の上に倒れ込む。よっぽど残念だったらしい。
「……でもまあ、よかったな。採用されて」
 仕方なく、フォローの言葉をかけてみる。
『うーん』
 返事は煮え切らない。
「採用されると一万円だったか? 今ならそれ、自分でも使えるじゃないか。服でもなんでも、好きなものを買えばいい」
『……違うの』
 マオが顔だけこちらに向ける。むすっと、への字の唇。
「違う?」
『あのね、採用はされたんだけど、あたしが採用されたのは、お巫山戯心霊写真コーナーで、ちょっと違うの。格が』
「……格が?」
『ちょっと変わった、怖くない心霊写真が集まってるコーナーなの』
 まあ、幽霊がピースサインしていたら、そうなるわな。
『それだとね、記念品のボールペンだけで、賞金でないの』
 むすっと膨れている。
「あー、なるほど」
 採用されたことは嬉しい。テレビに映っていた自分を見ることは嬉しい。だけれども、目的の一つである賞金は手に入らない。それは悔しい。
 そういうことだろう。
『あーあ、なんか微妙っ!』
 呟いて、ごろりと寝返りをうつ。うつぶせになってしまったから、顔が見えない。
 さてはてどうしたものか。まあ、しばらく放っておけば、勝手に機嫌直すだろうけれども。
 ちょっと考えてから、
「マオ」
 名前を呼んでみる。
 僅かに顔を動かして、片目だけでこちらを見てくる。
「じゃあ、今度、写真撮ろう。実体化しているときに、一緒に」
 なにが、じゃあ、なんだか自分でもわからないが、悪くない提案だと思った。せっかくちゃんと写真にうつるようになったのだ。写真の一枚や二枚ぐらい、残しておいてもいいだろう。
『本当っ!?』
 がばっとマオが体を起こし、ぱぁぁっと明るい笑顔になる。
「ああ」
 単純な彼女に呆れて笑いながら頷くと、
『やったぁ!』
 マオが両手を叩いて喜んだ。
『嬉しい、ありがと!』 
 そのまま、ひょいっと跳ねるようにして、ソファーに座る隆二の隣にくる。
「ん」
 軽く頷いて、その頭を軽く撫でた。
『えへへ、早く、ご飯の日来ないかなー!』
 そうだなーなんて相槌をうちながら、またマオの一挙一足に肝を冷やす期間がくるのかと思うと、手放しでは喜べなかった。
 覚悟はまだまだ決まらない。
 突然、部屋にコミカルなメロディーが流れる。
『あ、ケータイ』
 テレビの前に置いた、マオのケータイが鳴っていた。奏でているのは、疑心暗鬼ミチコのテーマソングだ。ケータイを手に入れてそうそうに、マオが設定したのがこれだ。だからどんだけ好きなんだよ。
 このケータイも、隆二のと同じく研究所からの支給品だった。違うのは、
『りゅーじ、確認して』
「やだよ。お前の壊しそうで怖いから」
 指をさすマオに、苦い顔を返す。
 隆二とマオとの決定的な差。それは、ご老人向け機種と、スマートフォンの差だった。
『えー』
「無理無理。なんでそれ、ボタンがないのに動くのか、本当わからん」
 自他ともに認める機械音痴の隆二には、そんな未知の物体を触る勇気がない。
『えー、じゃあ、ご飯の日まで確認できないのぉ?』
 不満そうに唇を尖らせる。
「マオにメール送ってくるなんて、どうせ嬢ちゃんだろう。聞けばいいじゃないか」
 言いながら、ダイニングテーブルに上に放っておいたケータイをとってくる。まあ、聞けばいいじゃないか、ってその聞くのが大変なわけだが。
 未だになれない手つきで、メール作成画面を起動しようとしていると、
「うわっ」
 手の中でケータイが震えた。急に震えるなよ、驚くじゃないか。
 驚いて放り投げそうになったそれを、再びキャッチして、画面を確認する。
「あ、嬢ちゃんからだ」
『なにー?』
 マオが画面を覗き込んでくる。
『えっと、マオさんにメールしましたが、今は確認できませんね。すみません。えっと……』
「転送」
『てんそーするので、マオさんによろしくお伝えください』
 そこまで読んで、マオが隆二の顔を見て、嬉しそうに笑う。
『やさしーね、エミリさん。隆二に送ってくれて』
 それからまた、画面を見る。
『オカルトクエスト内の心霊写真探偵のコーナー、見ました』
「……嬢ちゃんも、そういう番組見るんだな」
 っていうか、そういうタイトルだったのか、あの番組。
『マオさんのあの写真、でていましたね。びっくりしました。メインの部分ではなかったのが少し残念ですが。送るのをお手伝いした身としては、嬉しかったです。咄嗟に画面を写真にとったので……』
「添付」
『てんぷ、しておきますね』
 更にスクロールすると、確かになにか添付ファイルがついているようだった。
「……どうするの、これ」
『そこクリックしてー、そう』
「あ、開いた」
 どうにか画面に呼び出した写真には、テレビに映る、居候猫の間抜けな心霊写真があった。
『きゃーっ!!』
「……耳元で叫ぶなよ、うるさいな」
 またあがった黄色い歓声に、右耳を押さえる。別に鼓膜を通して聞こえているわけではないのだが、気分として。
『もー、エミリさん、さっすがー! すてき! 大好き! 隆二とは違うなぁ!』
 嬉しそうに笑いながら、手を叩く。
「……よかったな」
 あまりのはしゃぎように呆れながら声をかけると、大きく頷かれた。
『りゅーじ、お礼のメール!』
「……俺がやるのか?」
『だって、あたし今メール打てないもん!』
「……だよなあ」
 しぶしぶ、返信メッセージを作成する。
「……マオがとっても喜んでいた、ありがとう。今度ちゃんと本人から返事させる。で、いいか?」
『……もっとこの感動を伝えて欲しいんだけど、隆二だから仕方ないね』
 一瞬、顔をしかめたものの、素直にマオが頷いた。マオの感動とやらを伝えるためのメールなんて、一日あっても完成するとは思えない。
 なんとかメールを打ち終えて、送信。
 やはり慣れない。疲れる。
 溜息をつきながら、ケータイをソファーに置いた。
『ありがと!』
 幾分、落ち着いたマオが、ぺこりと頭をさげる。
「どーいたしまして」
 苦笑しながら返事を返した。
『あ、写真もらったけど、二人の写真も撮ろうね!』
「はいはい」
 投げやりに返事をする。
 まあ、写真をとること自体に、反対すべき点がないし。
 と思っていたら、なんだかじっと見つめられる。
「……何」
 なんだか射抜かれそうな視線に、居心地の悪さを感じる。
『……隆二さ』
「うん?」
『何か最近、優しい』
「……は?」
 優しい?
『気味悪いんだけど。今だって、前だったら、写真手に入ったからもういいだろめんどくさい、とか言うところじゃない? っていうか、そもそも、一緒に写真撮ろうなんていう、ナイスな心遣いなんて出来なかった!』
「……一度、お前の中の神山隆二像を改める必要があるな」
 どれだけひとでなしだと思っているのか。
「別に、優しいならいいだろ」
 呆れて笑いながら言うと、
『何か、隠し事してない?』
 言葉で射抜かれた。
 一瞬、挙動がおかしくなりそうなのを、必死に耐える。
「はぁ?」
 普段どおりを意識して、呆れたように言葉を返す。
「何を根拠に」
『女の勘!』
 また、面倒なものを根拠にしたな。
 しかし、確かに以前よりもマオの要望を叶えようとしているのは事実だ。あのとき、どうして無視したのだろう、と後悔したくなくって。
 それは、確かに、不自然だったかもしれない。
『何か、疾しいことがあるんでしょうっ!』
 腰に手をあてて、挑むように言われる。浮気がバレたらこんな感じなんだろうか。
「例えば?」
 動揺を押し隠して、平静を装う。
『わかんないけど!』
 さっきと同じテンションで言われる。イマイチ迫力が足りない。
「なんだそれ」
 呆れたように笑ってみせる。
「そりゃあ、多少変わるだろ。マオが実体化するようになったら、生活様式が変わるんだからさ」
『だけどなんか怪しい!』
「あーそう、そんなに言うならわかった」
 わざとらしく、足を組み直して、告げる。
「もう、お前の言うことは何一つきかない」
 言った瞬間、マオの顔が泣きそうにくしゃりと歪んだ。
 そういう顔をされると、多少は胸が痛むのでやめて欲しい。
「写真もとらない」
『や!』
 短く叫んで、飛んでくると、隆二の顔をのぞき込むように床に座った。
『写真撮りたい!』
「優しいから気味が悪いんだろ」
『気味が悪くてもいいから、写真撮りたい!』
 気味が悪いは否定する気ないのかよ。
「隠し事してるから嫌なんじゃないか?」
『うう、してるような気がするけど、してないっていうことでいいから!』
 そこも妥協し切らないのかよ。
「ふーん?」
 ちらりと視線を向けたマオが、思ったよりも真剣な顔で、少し笑いそうになる。そんなに大事なことなのか、写真が。本当、何事にだって真っすぐに向き合っているな。
『ごめんなさいー。優しいのはいいことでした!』
「……まあ、わかったよ」
 ぽんぽんっと、その頭を軽く叩く。
 すると、途端にマオの顔が華やいだ。
『写真、とってくれる?』
「ああ」
『ありがと!』
 えへへ、っと笑う。
 その額を軽く指で弾いた。
「なんにも隠し事とかしてないから、気にするな」
『はーい』
 隠し事の件はもういいのか、マオが楽しそうに片手をあげて返事をした。
 よかった、うまくごまかせた。
 結局のところ、覚悟がまだ決まっていないから、マオに覚悟の内容を話すことができない。
 きっと、実体化にともなう弊害を聞いたら、マオはショックを受ける。それを一緒に受け止めてやるだけの覚悟が、まだ自分にはできていない。
 今はまだ、はしゃいでいるマオを見ていたい。
 だから、今後は多少、優しさに気をつけよう。