とりあえず着替えて来い、とマオを隣の部屋に連れて行くと、次に玄関の扉をあけた。
「……あ、お話終わりました?」
 扉の横に寄りかかるようにして立ち。ケータイをいじっていたエミリに頷きかける。
「悪かったな」
「いえ」
 エミリは再び部屋の中に入りながら、
「どんな恥ずかしい言葉で、マオさんを説得されたんです?」
 悪戯っぽく笑った。
 見抜かれている。
「ほっとけ」
 苦々しく言葉を返した。
 またダイニングに戻ってくると、部屋着に着替えたマオも部屋から出て来た。首元にはしっかりとペンダントがついていて、それに少し微笑む。
「マオさん」
 エミリが立ち上がると、マオの目の前に立った。
「ごめんなさい」
 そこで頭を下げる。
「エミリさん?」
 マオが驚いたように声をかける。
「一条のこと知らなくって。研究所のことなのに、何も知らなくって。心霊写真のことも、知ってたら送らなかったのに。ごめんなさい」
 早口の謝罪に驚いたのは、隆二も一緒だった。エミリが気に病んでいたのはわかっていたが、まさかここまでとは。ずっと、この半月、どこで謝ろうか考えていたのだろう。
「え、待って。エミリさんが悪いんじゃないよっ」
「でもっ」
「エミリさんが助けてくれたの、知ってるもん。ありがとう」
「マオさん……」
 二人ともなんだか声が泣きそうになっている。おいおい大丈夫だろうな、と思っていると、
「本当、最悪の前に間に合って良かったです」
「うん、ありがとうっ」
 何故か二人して抱き合って号泣。
 なんでこうなった?
 感情の波に一人置いて行かれた隆二は、間抜けな顔をして、わんわん泣く少女達を見る。
 それにしても、緑の髪と赤い服。クリスマスみたいなやつらだなーと、どこまでもひとでなしなことを思った。

「……あー、そろそろいいか?」
 二人が思う存分泣き、落ち着いたところでそう声をかけた。
「はい、すみません」
 ハンカチで目元を拭きながら、エミリが頷く。マオはティッシュを探して彷徨いはじめた。
「あー、その引っ越しの件だが」
 置いてあったティッシュの箱をマオに渡しながら、本題を切り出す。
「決まりました? 場所」
「ああ。マオの希望で」
 その場所を告げると、エミリが驚いたような顔をした。
「いいか?」
「こちらは構いませんが……、神山さんはそれでいいんですか?」
 いいか悪いかで言われたら、正直微妙だけど、
「どこでもいいって言ったの俺だしなー」
 そう呟くと、マオがふふっと楽しそうに笑った。僅かなものではあるが久しぶりの笑みに、心の底で安堵する。
「わかりました」
 エミリも小さく微笑むと、
「それじゃあ、準備できたらご連絡しますね」


 その準備の連絡は意外とはやく、一週間後には、いつでも引っ越せますよ、などと言われた。それならば、マオが実体化しているうちに引っ越してしまおう、と連絡を受けた二日後には、新天地に向かっていた。
 どうせ荷物なんて、たいしてないし、面倒な手続は研究所任せだし。
 電車を乗り継ぎ、目的地につく。切符の購入も乗り継ぎの案内も、全部エミリに頼んだが。
 人の少ない駅で降り立つと、ちらほらと視線が向けられた。
「やっぱり目立つのかな」
 向けられる視線に、マオは右手を隆二にくっつけて隠そうとする。必然的に腕を組んだような形になって逆に目立つような気もした。
 研究班の寄越した義手をつけているから、ぱっと見はよくわからない。それでも、右手のことは気になるらしい。こればっかりは、慣れてもらうしかないな、と思っている。
「そんなことありません。うちの研究所はバカばかりですが、その腕は優秀ですから。わたしたちが可愛いのに神山さんがむっつりしてるからですよ」
 そういって微笑むエミリ。お前の服が真っ赤だから目立っているんだよ、と思うのはどうやら隆二だけらしい。
 とはいえ、赤は赤だが、エミリの服はいつもと違っていた。
 今までのエミリは、いつも同じような、赤いジャケットに、かろうじてオレンジ色っぽいスカート。赤いブーツ、赤いベレー帽と全身赤コーデだった。
 今日は白いブラウスに赤いカーディガン、赤いチェックのスカートで、靴は黒のパンプスだ。帽子も被っていない。
 赤は赤だが、いつもと違う。控えめだ。
 その理由を考えながらエミリを見ていると、
「なにか?」
 視線に気づいたエミリに、不思議そうな顔をされた。
「いや、別に?」
「そうですか」
 駅から先は隆二を先頭に歩いて行く。
 ところどころ、見慣れた景色がある。自然に、歩く速度がはやくなっていく。
「隆二、はやい」
 マオの抗議の声に、慌てて歩く速度を落とした。
 でも、もうすぐそこだ。
 その角を曲がれば……。
 角を曲がって、その場所を見た時、一瞬息を呑んだ。
 そこは昔と何もかわっていなかった。
 近代化にのりおくれたようにぽつんと家が立っていた。寂しげに。
 もうずっと来ていなかった場所。一条茜と過ごした場所。そして、これから住む場所。
「……ただいま」
 崩れかけた門扉を撫でながら小さく呟いた。
 感傷に浸る隆二の横を、すすっとマオが通り抜ける。
「へー、ここに住んでたんだ」
 言いながらマオが家に向かう。
「マオさん、鍵あけますね」
 それをエミリが慌てたように追う。
 まさかまた、ここに住むようになるとは思わなかった。未だ一条の持ち物だったらしいが、持て余していてすぐに購入できたらしい。一条稔が親戚筋だったことも関係しているらしい。ありがたくもない話だが。
「隆二ぃ、はやくぅー」
 家の方からはしゃいだマオの声がする。それに苦笑しながら返事をした。
「今行くー」
 部屋の中は、一通り掃除と修繕がしてあるようだった。
 ゆっくりと辺りを見回し、茜との日々を思い出そうと、
「お風呂が変!」
「ああ、五右衛門風呂だから」
「あ、知ってる! テレビで見た! 釜ゆでにされるのね」
「ああ、まあ……」
「ねぇねぇ、あれはー!」
 思い出そうとしたけれども、出来なかった。はしゃいだマオの声が色々と話かけてくる。
 それに答えながら、まあいいか、とも思った。今後一緒に住むのはマオだ。茜じゃない。茜のことを今、無理に思い出さなくても。
 大事なのは、今とこれからだから。