マオ探しを続けていた隆二は、ポケットのケータイが震えたことで足を止めた。
「わかりました」
 電話の相手、エミリは前置き無しでそう言った。
「車の持ち主は、一条稔」
「……一条?」
 偶然なんだろうが、嫌な名字だな。
「お知り合いですか?」
「いや、悪い、続けてくれ」
「一条は、研究所の事務担当の一人です」
「研究所か。そうか、それならマオが霊体に戻っても見えるし触れるな」
「はい。諸々のことから、一条がマオさんを攫った可能性が高いと考えられます。それで、その、諸々のこと、なのですが」
 そこで珍しく、エミリが一瞬口ごもった。
「一条には、一人娘が居たんです。名前は花音。三年前、十五歳の時に亡くなっているんですが。……その外見が似ているんです、マオさんと」
「は?」
 言われた意味がわからなくて問い返す。
「写真、あとでケータイに送ります。本当に似ているんです。髪や目の色が、マオさんとは違って漆黒なぐらいで、あとはまったく一緒です」
「……あいつら、マジな人霊を使ったってことか」
 Gナンバーは人工的に作られた幽霊。その原理についてエミリが以前色々言っていたが、研究班が嘘をついている可能性もある、とも言っていた。やはり嘘をついていて、本当に亡くなったというその一条の娘の魂を使って、マオを作ったというのか。死して必ず幽霊になるわけでもない。成仏するはずだったその魂を、現世に縛り付けたとでも?
「わかりません。それが本当だったとして、一条が実験に絡んでいるのかもわかりません。だけど、一条、娘の幽霊を見たって最近言っていたらしいんです。テレビで!」
 エミリの声が高く、大きくなった。
「テレビで?」
「父の、知人なんですっ。わたしがオカルトクエストのDVDを渡した!」
 マオのあの、浮かれた心霊写真が採用されたテレビ番組。
「それって、あの心霊写真ですよね? どうしよう、わたしが、送らなければっ。そしたら、一条がマオさんのことに気がつくこともなかったのに、わたしのせいでっ」
「落ち着け。嬢ちゃんのせいじゃない」
 確かに、その写真を見て娘の幽霊の存在に気がついたのかもしれない。だからといって、エミリのせいなわけじゃない。
「だけどっ! エクスカリバーもないんです、一つっ!」
 上擦った声に、一瞬思考回路がとまった。
「……エクスカリバーが?」
「さっき電話かかってきて。わたしが持ち出したと思われたみたいでっ」
 なんだそれ。マオが元々人間で? マオの父親がマオを攫って? そしてエクスカリバーを持っている? どういう状況だよ、これ。
 何も言えない隆二にかわって、電話の向こうのエミリは早口でまくしたてている。
「もうやだなんでっ! 研究班が隠し事しているのはわかっていたけど、まさかここまでっ! ダディもあんなだし、なんなのよっ!」
 それは素の彼女の言葉だった。普段冷静な彼女の、取り乱した声を聞いていたら逆に冷静になれた。
「嬢ちゃん」
「はい?」
 なんだか泣きそうな声に、
「頼む、助けてくれ」
 頼み込む。一人じゃ動けない。一条がどこに行ったのかもわからないようじゃ。
 エクスカリバーを持っているのならば、はやくしなければ。霊体に戻ったからといってマオが無事だとは限らない。
「でも、もうこれ以上は」
 電話の向こうの声はなんだか、慌てたようだった。
「ダディもあんなだし、研究所として動きようが……。研究班としては一条のことは隠したい出来事でしょうし、この後はきっと隠蔽合戦になって、わたしも動きようが……。これ以上動いたら確実に睨まれて」
「頼むよ」
 エミリのおろおろとした言葉を遮る。
 エミリに頼ってはいけない。エミリは研究所の人間だ。命令に背けということを、エミリに願ってはいけない。それは踏み込んではいけない領域だ。そんなこと、わかっている。
 わかっているけれども、頼むより他がないのだ。
「頼む、エミリ」
 強い口調で、しっかりと告げた。彼女の名前を呼んで。
「……ずるいです」
 一呼吸置いて、電話の向こうが絞り出すようにして言った。
「わかってる」
「なんで……、こんな時にはじめて、名前で呼んでくださるなんて」
 声が震えている。
「うん、ずるいんだ、俺」
 使えるものならなんだって使う。それが結果発生を阻止してくれるのならば、躊躇わない。例え、どんなに罵られても。非人道的でも構わない。マオを助けられるのならば。
「手伝って欲しい、エミリ」
 駄目押しのようにもう一度。
 電話の向こうではしばらく沈黙が続いていたが、
「……わかりました」
 次に聞こえた声は、どこかふっきれたように聞こえた。
「わたし一人で、どこまでお役にたてるかわかりませんが、マオさんのためですから」
「ありがとう」
「だけど、一つだけ、いいですか?」
「なに?」
 すぅっと息を吸う音が聞こえる。なんだ? と思っていると、
「このっ、ひとでなしっ!」
 大声で一言、罵られた。
「っ」
 慌ててケータイを耳から離す。不意の大音量に、耳が痛い。
「すっきりしました」
 落ち着いた声が聞こえて、また耳にあてる。
「今の……」
「ずっと言いたかったんです。それじゃあ、車の行く先など、わかったらまた連絡します」
 言ってぷつりと、ケータイが切れた。
 ひとでなし? 上等だ。
 唇を皮肉っぽく歪める。
 ひとじゃないんだ、ひとでなしだ。もう一人のひとでなしを連れて帰るためならば、そんな誹りいくらでも甘んじよう。
 だからマオ、
「もうちょっと待ってろよ」