隆二はケータイを取り出し、時間を確認した。午前九時。マオの実体化がとける時間だ。
 今頃どこにいるのか。変なところで実体化がとけて、面倒なことになっていなければいいが。
 思ったところで、手の中のケータイが震えた。見知らぬ番号。慌てて出ると、
「もしもし。えっと、コンビニ店員の菊です」
「ああ。なにかわかったか?」
「カレシがこの写真に似た人を見たって。あと」
 そこで菊は一度躊躇うように口ごもってから、
「……このペンダントに似ているのと、なんか服が落ちているって」
 さすが、若者の情報網。
「場所は?」
 ペンダントや服が落ちていること事態は、危惧することではない。実体化がとけたからだろう。つまり、実体化がとけるまでマオは近くにいたことになる。
 近くにいたのに、なんで戻って来なかったのかはわからないが。
 菊から場所を聞くと、そこに向かって走り出した。

 件の場所に行ってみると、大学生ぐらいの青年がケータイ片手に立っていた。
「あの」
「あ、あなたが菊の知り合いの?」
 そう問われた言葉に頷く。
 こっちなんですけど、と案内された駐車場の影。そこにはペンダントと洋服、ポシェットが落ちていた。
「これ、そうですよね?」
 指差されたペンダントをそっと拾い上げる。マオのものに間違いない。
 辺りを見回すが、霊体に戻ったマオがいる様子はない。
 大事にするねと笑っていたこれが、こんなところに無造作に落ちているわけないのに。
 少し、期待していたのだ。町中で元に戻ってしまって、途方に暮れているんじゃないかって。だけれども、やっぱり、ここにも居ない。
 ついさっきまでは、ここにいたはずなのに。一体どこに行ったというんだ。もしかしたらここで会えるんじゃないかと思っていた。その分、失望の念を禁じえない。
「男に追いかけられているの見たんです」
 ペンダントを握ったまま何も言わない隆二をみて、青年がそう話はじめる。
「なんかヤバそうだなと思って、警察呼んだ方がいいか悩んで、一応あと追いかけてみて。見失ったと思ったらこれがあって」
 地面に散らばった衣服。ああ、どうみても事件性大だ。
「これ、ヤバいですよね? 警察にとどけますか?」
「……いや」
 それになんとか、首を横にふった。
「わけありなんだ。それはできない」
「そうですか」
 予想以上にすんなり頷かれた。
 それが意外で、青年に視線を向けると、彼は苦笑した。
「菊の紹介してくる人なんて多かれ少なかれそうですよ」
 どんな人付き合いしているんだ、あの小娘は。それに助けられた自分が言うべきことじゃないが。
「あ、あとこれ。その男がそのあと車に乗って立ち去るの見かけて」
 言いながら、青年が自分のケータイを操作する。
「一人だったんですけど。念のためナンバー写真とって」
 渡されたケータイには、確かに黒い車のナンバーがしっかり映っていた。それにしても、
「……なんでそんなことを」
 用意周到過ぎるだろ。
「子どもの頃から探偵に憧れ続けるとこうなっちゃいます」
「ああ」
 その言葉に苦笑する。なんとなくわかってしまって。マオみたいなものか。
 渡された写真にうつるナンバーを覚えると、電話をかけた。
「見つかりましたか?」
 電話の相手、エミリは出ると同時にそう言った。
「手がかりだけ。嬢ちゃん、車のナンバーから持ち主調べられるか?」
「わたしの権限外ですが……、父に頼めば、恐らく」
 訊いといてなんだができるのか。相変わらず嫌な組織だ。それでも、頼るしかない。研究所の力に。
「頼む」
 問題のナンバーと、軽く経緯を説明すると、
「わかりました。なるべく早めに連絡します」
 言って通話が切れた。
 地面に落ちているマオの衣服と鞄を拾い上げる。それらはぞんざいにまとめたが、ペンダントだけは無くさないように、そっと財布の中にしまった。ここが一番安全だろう。これはちゃんと、マオに渡さなくては。無くしたなんてことになったら、きっとあいつは怒るから。
「あの」
 青年が躊躇いがちに声をかけてくる。
「助かった。ありがとう」
 それに頭を下げた。
「あ、いえ。……あの?」
「このあとはこちらでどうにかするから大丈夫。万が一、またその車を見かけたら連絡ください。あのコンビニの子にもお礼を言っておいてください」
 早口で告げる。
 車の行方はエミリに任せるとして、隆二は隆二でマオを探すことをやめるわけにはいかない。立ち止まっているなんてできない。まだ、近くにいるかもしれないから。
 じっとなんてしていられない。止まっていることは怖いから。
「本当にありがとう」
 困惑の表情を浮かべる青年にもう一度そう言うと、足早にその場を後にした。


 残された菊のカレシ、志田葉平は立ち去った隆二の背中を見て首を傾げた。
 まったく、一体あの人はなんなのだろうか。ナンバー照会をどこかに依頼していたが。
 怪訝に思っていると、ケータイがなった。菊から電話だ。
「もしもし?」
「葉平、無事に常連さんに会えた?」
「会えたよ」
 とりあえず手がかりぐらいにはなったみたい、と続ける。
「っていうか、菊、あの人は何者?」
「バイト先のコンビニの常連さんで。んー、内緒って言われたんだけれども葉平にだけは教えちゃう」
 内緒って言われたなら内緒にしとけよ。
「内緒だよ、あのね、吸血鬼さんなの」
「……ああ、そう」
 気が抜けた返事をかえす。
 声をひそめて、さも重大なことのように言うから何かと思ったら、またそんな夢物語か。
 なんで俺のカノジョはこんなに夢見がちなんだろう。未だに探偵なんていうものに、僅かな憧れを抱いている自分が言えた義理じゃないけど。
 一つ、溜息をついた。