いつの間にか、少しうとうとしてしまったらしい。 マオは慌てて顔をあげた。 辺りは明るくなりはじめている。 今、何時ぐらいだろうな。 抱えた膝にぎゅっと力をこめた。 隆二、心配しているかな、しているだろうな。イマイチ素直じゃないし、なんか冷たいし、ひとでなしだけど、隆二はいつだって心配してくれている。 最初は、隆二が初めて自分のことを認識してくれる人だから一緒にいた。 今は違う。隆二がそういう風に優しいこと知っていて、大好きだから一緒にいるのだ。 一晩も隆二から離れていたなんて、初めてだから、寂しい。心細い。 ペンダントをぎゅっと掴む。 もうちょっと、もうちょっと待てば実体化がとける。そうすれば、隆二のところに帰れる。 そう、思った時。 「花音」 声が上から降ってきた。 全身が冷水を浴びたように凍えた。 恐る恐る上を見る。 マオがもたれかかっているビルの屋上に、あの男がいた。 「やっと見つけた。すぐに行く。待っていなさい」 そんな声が降ってくる。 冗談じゃない。 慌てて立ち上がると、ビルの隙間に体をつっこむ。 「花音」 呆れたような声がする。 「花音じゃないしっ、しつこいし!」 また何カ所か擦り傷を作ったけれども、気にしない。もうそんな細かいことはどうでもいい。 あとちょっとなのに、なんなのっ。 通りにでると、走り出す。なるべく家に近づくように。隆二の家に向かって走り出した。 すっかり朝になって、通りは通勤通学の人々であふれはじめた。 隆二は走りにくくなった通りに舌打ちする。 エミリから一度連絡があったが、特にマオがかかわっていそうな事件事故はないらしい。それにひとまず胸を撫で下ろしたものの、だったら何故ここまで見つからないのかが不安になるところだ。 人の間をすり抜けて、勢いよく走りながら、角を曲がったところで、 「わ」 「きゃっ」 反対側から来た人影にぶつかりそうになった。慌てて立ち止まる。 「うわっ、びっくりした」 角でぶつかりそうになったのは、例のコンビニのオカルトマニアな店員、菊だった。 「あ、お久しぶりですー、お元気でしたか? どうしたんですか血相をかえて、またヴァンパイア」 「こいつ、知らないかっ!?」 なんだか無駄な話をはじめそうな菊を遮って、二つ折りのケータイを開く。待ち受けに設定された、マオの写真。それがまさかこんなところで、役に立つとは。 「わ、かわいー。どなたです? 恋人さん?」 「いいからっ」 「……んー、見たことないですね」 「そうか、ありがとう」 ケータイを奪い返すと、再び走り出そうとした隆二に、 「あの」 菊が躊躇いがちに声をかける。 「また人探しですか? 手伝いましょうか?」 「頼む」 迷わなかった。その手を掴むことに。 「じゃあ、連絡先と、あとその写真いいですか? 皆に回します」 「……ごめん、やって」 ケータイをそのまま渡す。写真いいですか? ってどういうことだよ。 菊はきょとんとした顔をしてから、少し微笑むと、 「わかりました」 うけとったそれを操作する。ああ、やっぱり若い子ってすげーな。 「できました」 しばらくしてから、菊が隆二にケータイを返す。 「写真をまわして友達に見なかったか聞いてみます。なにかあったら、電話しますね」 「頼んだ」 いつだったか、エミリを探し出してくれた彼女の情報網ならば、見つかるかもしれない。ならばそれにすがることに躊躇わない。 手段は選ばない。差し出された手は拒まない。プライドや見栄なんてどうだっていい。自分だって成長するのだ。びびたるものだけど。 菊に軽く頭をさげると、また走り出した。 マオは先ほどとは違う路地裏の、駐車場の影隠れた。 乱れた呼吸を整える。 あと、ちょっと。 体内の感覚でわかる。あと少しで実体化がとける。そうすれば、遠慮なく飛んで帰ればいい。隆二の家へ。 それまで見つかりませんように。 祈るようにペンダントを握りしめる。 「かのーん」 男の声がする。思っていたよりも近くだ。 あと少し。あと少しだから。 ぎゅっと目をつぶる。 声。足音。 あっち行け。あっち行けあっち行け! 体から体温が消えていくのがわかる。実体化がとける前兆。 あとちょっとだ。 ここまで来たら、あとはもう待つだけだ。 少し視界が揺らぐ。 耐えるように一度目を閉じる。 ふわりと、体が浮くような感覚。浮遊感。 目を開ける。 目の前に手をかざすと、透けて地面が見えた。よかった、ようやく実体化がとけた。 今なら逃げ出せる。 そう思って動き出そうとしたとき、かしゃんっと何かの音がした。視線を落とすと、着ていた服と、ペンダントが転がっていた。 それに一瞬、足が止まる。 ペンダント。せっかく隆二がくれたペンダント。それをこの場所においておくことに、一瞬の躊躇いが生じた。 それが、間違っていた。 「見つけた」 すぐ後ろから声がして悲鳴をあげかけたときにはもう遅かった。 腕を掴まれる。 その白い手袋は、エミリがつけているものによく似ている。幽霊が触れるというあの手袋。 そんな風に思った次の瞬間には、銃を突きつけられ、撃たれた。 |