「俺、買い物行くけどどうするー?」
 隆二が声をかけてくる。それに、きた! と思った。のは、なるべく見せないように頑張って、
「待ってるー!」
 テレビ画面を睨んだまま答えた。
 隆二が呆れたように笑ったのがわかった。
「ちゃんと留守番してろよー」
「……はーい」
 ちょっと後ろめたくて、一瞬言葉が遅れた。ばれたかな、と思ったけれども、隆二は別段気に留めなかったらしい。
「じゃあ、いってくる」
 靴をはいて、ドアが開く音。
「いってらっしゃーい」
 テレビを見たまま、告げる。
 がちゃり、とドアがしまった。
 しばらくそのままテレビを睨み続けて、
「よしっ」
 もういいだろう、と思ったところで立ち上がる。
 テレビの中では、四苦八苦久美子が戦っている。正直、すっごくいい場面だけれども、今日ばかりはしかたない。
 未練を断ち切るように電源を切ると、ベッドの上に置きっぱなしにした鞄を手に取る。
 鞄の奥の方で、眠っていた鍵をひっぱりだす。念のため、と渡されていたが、これまで使う機会のなかった合鍵。目の前に掲げて、ふふっと笑う。
 今日という今日は、探し出すんだ。隆二へのプレゼント。
 浮かれて口元がにやけてしまう。
 メモ帳に隆二に対するメッセージを残す。
 勝手にでかけたらきっと怒られちゃうだろうなー。でも、これでも実体化してだいぶたったのだ。そろそろ一人ででかけたって平気だ。大丈夫。
「ごめんね、りゅーじ」
 テーブルに置いたメモに向かって両手をあわせて謝る。それから、やっぱり、にへらっと笑って家を出た。
 一人で町中を歩くのは初めてだ。だけど、幽霊のころからずっとうろうろしていた町だから、どこになにがあるのかは熟知している。多分、隆二以上に。
「なにがいいかなー」
 歌うように呟いて、辺りに視線をさまよわせる。
 さりげなく隆二に欲しいものがないか探りをいれたところ、あっさりとない、と言われてしまった。
 まったく、隆二は本当、ひとでなしなんだから。
 思い出したら、ちょっとむかむかしてきた。小さく唇を尖らせる。
 一緒にでかけるたびに、さりげなく様子をうかがったものの、やっぱり隆二が欲しいものはわからなかった。
 そうこうしているうちに、今月の実体化期間も明日までになってしまった。
 これじゃあいけない、と今日こそは何がなんでもでかけることに決めたのだ。昨日見ていたドラマで、「贈物は選んでくれたという事実が嬉しいものよ」とか言っていたし。ドラマの人と違って、そういう事実に喜んでくれるような素直さが隆二にあるとも思えないけど。
 駅前に向かう。あの辺りが一番、お店がある。
 さて何にしよう。洋服? いつも同じようなのを着ているから、ちょっと違うものをプレゼントとか? 靴もいいかもしれない。こっそりサイズをチェックしていたのだ。あとはなんだろう? 本? でもたくさん持ってるしなー。機械式のものは論外。うーん、何かぴぴっとくるものあるかなー。
 駅前まで来ると、辺りを見回す。
 さて、どこのお店から見ようか。あんまり遅くなると、すっごく怒られそうだからなー。そんなことを考えながら辺りを見ていると、
「おじょーさん」
 軽薄な声が横からかけられた。
 そちらを見ると、若い男が二人。
「一人? 今ひま?」
「すっごく忙しいの」
 そうだ、誰だか知らないけど、
「ねぇ、隆二に何あげたらいいと思う?」
 訊いてみよう。
「は?」
「プレゼント。もらうんだったら、なにがいい?」
 男の人が欲しいもの訊いたら、何かヒントになるかもしれない。
「カレシに?」
「ちがうよー」
「ああ、好きな人?」
「……まあ」
 好きな人では、あるよなぁ?
「私をプレゼント! とかやればいいじゃん」
「おまえ、やめろよー」
「なんだよ」
 二人でなんだか楽しそうに笑う。答えてくれる気がないなら、もういい。
「自分で探す」
 くるっと背を向けて歩き出そうとしたところを、
「まあまあ、待ちなよ」
 右手を掴んで引き止められた。
 ぞわっと一気に鳥肌がたった。
 右手に感じる熱が不愉快だ、とても。
「離してっ」
 咄嗟に振り払おうとするが、相手の力が強くて振りほどけない。
「プレゼント? 一緒に探してあげるって」
「とりあえずお茶でも行こうよ」
 腕をひっぱられる。
「痛いっ」
 引っ張られる方に、軽くよろめく。
 なんだか凄く不愉快で、ちょっと怖くて泣きそうになる。
 隆二もたまに強引に手をひっぱることがあるけれども、こんな風に痛いと思ったことはない。ああ、手加減してくれていたのか、と今更ながらに気づいた。あの唐変木なひとでなしの優しさに。だってそうだ、隆二はひとじゃないのに。それなのにマオが嫌がったら振りほどけるぐらいの力でしか、手を握って来なかった。彼が本気を出したら、マオの腕なんて簡単にへし折れる。それでも隆二に手を握られることを、怖いと思ったことなんて一度もなかった。嫌だったこともない。
 今、このなんでもない人間に手を握られることが、こんなに不愉快なのに。
「離してっ!」
 一度息を吸い込んでから大声をだす。
 やっぱり隆二じゃなくちゃだめなんだ。わかっていたことだけど。例え実体化して、他の人に見えるようになっても、隆二じゃなくちゃ駄目だ。
 マオの大声に、二人は少し驚いたような顔をした。
「あたし、行かなくっちゃ」
 はやくプレゼントを買って帰らなくっちゃいけない。邪魔しないで欲しい。
 きっと二人を睨みつけると、男達は一瞬たじろいだような顔をした。それでも手は離さない。お互い、どうにも引っ込みがつかなくなり、睨み合っているところを、
「ちょっと」
 やる気のない声が横からかかった。
「嫌がってんじゃん、離してあげなよ」
 声の方を見る。
 黒髪をなんとなく伸ばした、スレンダーな女性がそこにいた。
「……きょーすけさん?」
 あまりに似ている姿に一瞬呟く。明らかに性別からして違うのだけれども。
 マオの呟きに、女性が小さく目を見開いた。
 男達は女性とマオとを見比べてから、
「ちょっと声かけただけじゃん」
 ぶつぶつ言いながら、マオの手を離すと足早に去って行った。
 なんだったんだろう、あの人達。
 その後ろ姿を見送っていると、
「大丈夫?」
 女性が声をかけてきて、慌てて頷く。
「ナンパのかわし方、もうちょい覚えた方がいいよ」
 やる気なさそうな言葉に、
「え?」
 素っ頓狂な声をあげる。
「……あれがナンパなんだ?」
 ドラマではよく見るが、ああいうものなんだ?
 マオの返答に、
「気づいてなかったの?」
 女性は楽しそうに笑う。それから、
「ね、それ」
 マオの首元を指差す。
「そのペンダント」
「あ、これ? もらったの」
 かわいいでしょう? と笑ってみせる。
「なんかさ、やる気のなさそうな男の人にもらった?」
「うん」
「私、誰か知り合いに似てるんでしょう? それも男」
「うん」
 なんでこんなこと訊くんだろう?
「やっぱりね」
 何に納得したのか、女性は満足そうに頷くと、
「それ作ったの、私」
「え?」
 女性とペンダントを交互に見比べる。
「これ、おねーさんが作ったの?」
「そうそう」
「へー! かわいいからお気に入りなの! ありがとう」
「どういたしまして。そこまで喜んでもらえるなら嬉しい」
 それからちょっと悪戯っぽく、彼女は笑った。
「じゃあ、貴方があの人のカノジョなんだ?」
 その言葉に、慌てて首を横にふった。そんなこと隆二が聞いたら怒るに決まっている。隆二にとってカノジョは茜だけだ。
「そんなんじゃないよ。あたしはただの居候」
 隆二に訊いたって、そう答えるだろう。あれはうちの居候猫、って。
 もう一年以上も一緒にいるのに、居候でしかない。
「……あたしは、いつまで居候なのかな」
 小さく呟いた。