『今さっきね! テレビで見たんだけどね!』 いつものようにソファーで本を読みながら、気がついたら寝ていた隆二が、目覚めて最初に言われた言葉はそれだった。 言ったのは当然、居候猫。 「……うん、またテレビの話な」 っていうか、人の腹の上に乗るなよ。 キラキラした瞳の近過ぎる顔をさりげなく片手で遠ざけながら、適当な相槌を打つ。 『心霊写真って、怨念とか思いの強さでできるらしいよ!』 まだ諦めてなかったのかよ、心霊写真。 喉まででかかった言葉を、なんとか飲み込む。先日、この話でマオの機嫌を損ねたばかりだ。地雷がそこに埋まっていることを知っているのに、わざわざ踏みに行くほど悪趣味ではない。 にしても、幽霊が幽霊のことをテレビで学ぶなよ……。 『強い思いを抱くから、写真とって!』 期待に満ちた顔でマオが告げる。 とりあえず降りろ、と跨がったままのマオをどかすと、ソファーに座り直す。 「えっと、悪いけど一旦整理するな」 起き抜けの頭をフル稼働させ、 「心霊写真を撮りたいと」 『そう!』 隆二の正面にまわりこんで、マオが何度も頷く。 「で、テレビに出すんだっけ?」 『そう! 深夜の番組でね、募集しているの!』 「あー、そう。……採用されなくても文句言わないな?」 どうにか上手いこと心霊写真がとれたところで、放送に使われなかったら使われなかったで、ぶーたれるマオの様子が手にとるようにわかる。自分の想像にげんなりしながら問いかけると、 『へ?』 採用されない、ということはちっとも考えていなかったらしい。マオが間抜けな顔をする。それでも、隆二の呆れたような視線に気がついたのか、 『言わない! 約束する!』 慌てたように告げてくる。 「約束なー。約束は守らなくちゃいけないからなー」 『大丈夫、守る!』 念を押すと、力強く頷いた。ここまで言っておけば、いざそのときになっても、「約束」と一言呟くだけで静かになってくれるだろう。 「……わかったよ」 しぶしぶ、テーブルの上においてあったケータイを持ってくる。まあ、どうせ暇なのだ、付き合ってやっても罰はあたらないだろう。 『いいの!? やった!』 マオが本当に嬉しそうに笑うから、悪い気はしないし。 ええっと、それでどうしたら。 あれ以来カメラの起動なんてさせていないから固まっていると、 『ふぅ、あのねー、そこを押してー』 マオがわざとらしくため息をついてから説明してくれる。悪かったな、覚えてなくて。 なんとかカメラの画面を出すと、マオに向ける。 『待ってね、今集中するから』 眉間に人差し指をあてて、むむむむっと難しい顔をしながらマオが唸る。 「……何やってんの?」 『強い思い!』 強い口調で言われた。心霊写真に写るような強い思いって、そういうことだったっけな? もっと現世への執着心とか、そういうことなんじゃないだろうか。別に詳しく知っているわけでもないけど。 ケータイ片手にそんなマオを見ていると、きっとマオが顔をあげた。 『今っ!』 叫ばれて、慌ててシャッターボタンを押す。あ、ちょっとぶれたかも。 『どう? どう?』 叫ぶと同時にしていたピースサインを降ろすと、マオが駆け寄ってくる。なんとかさっきとった画像を出すと、 「あ」 『おおっ!』 かすかに手ぶれが感じられる赤いソファーの写真。その真ん中に、うっすらと、浮かれた顔でピースサインしているマオの姿があった。うっすらとしていて、透けていて、体を通して奥の景色が見える。しかもよく見たら、上半身しかなかった。下半身がぷつり、と切れている。マオのその、心底楽しそうな笑顔をのぞけば、怖い心霊写真といっても差し支えない、気がする。いや、考えようによってはこの満面の笑みは怖いか。 『やったね! 大成功っ! ありがと隆二っ!』 歌うように言いながら、浮かれたマオがぎゅっと隆二の首筋に抱きつく。 「あー、まあ、よかったな。成功して」 『うんっ!』 顔を離して、満面の笑みでマオが頷く。 それから隆二からは慣れると、 『やっぱり強い思いを抱いているといいのねー!』 くるくると楽しそうに宙を回転しながら言う。まあ、喜んでいるならなんでもいいんだが、ピースサインの心霊写真って、なんだよ。幽霊のスナップ写真か。 「強い思いって、なに考えてたんだ?」 うっかり消してマオに怒られたりしないように、それ以上その画像をいじらないように気をつけながら、ふっと気になって尋ねてみる。 『賞金一万円っ!』 マオが弾んだ声を出す。 「……賞金?」 『そー。採用されると一万円でねー。隆二にはいろいろよくしてもらってるし、あたしただの居候だし、バイトも出来ないからなにかないかなーってずっと思ってて。手に入ったら、隆二の生活にちょっとぐらい足しになるんじゃ』 そこで、弾んだ声がぴたりと止んだ。くるくるまわっていた動きも止まる。後ろ姿のマオがゆっくりと振り返る。 『……聞いてた?』 恐る恐ると言った感じで尋ねて来る。 「聞いてた」 素直に一つ頷く。 正直、驚いた。居候だからなにかしなくちゃ、とか、そんなこと考えていたのか。別に気にしなくてよかったのに。 ちょっと意外で、どういう顔をしていいのかわからなくて真顔になってしまう。 それをどう受け取ったのか、瞬時にマオの顔が真っ赤になった。 『違うのっ! テレビにでたかったの! それだけなのっ! 賞金とかついでなのっ! 別に隆二のためとかじゃないのっ!』 あわあわと両手を彷徨わせながら、早口でマオが言う。 「え、あ、うん」 こっちも事態の処理が追いつかなくて、適当な相槌になってしまう。それがますます、マオを慌てさせたようだ。 『本当っ! 違うんだからねっ!』 恥ずかしいのかなんなのか。むきになって否定すると、 『お腹空いたからご飯食べてくるっ! エミリさんに写真の送り方聞いといてよねっ!』 吐きすてるようにそう言って、ふいっと壁を抜けて消えていった。 お腹空いたって昨日食べたばかりじゃないか。まったく、嘘が下手なんだから。 思いながらも、気づいたら、知らずに口元が緩んでいた。それに自分でも驚きながら、片手で隠す。 ああ、なんだ、可愛いじゃないか。 「ふーん、賞金ね」 そんな風に役に立とうとか無理に考えなくてもよかったのに、と思う。だけれども、なにかしようと考えていてくれたことが、何故だろ、なんだか嬉しい。 「バカだなぁ、あいつ」 ふふっと、らしくない笑いが溢れる。顔がにやけているのが自分でもわかって、我ながら気味が悪い。こんな緩んだ顔は絶対に見せられない。だから、気持ちが落ち着くまで帰って来るなよ、と居候猫に対して念を送った。 |