『ププ、よくみたらこれ、おじーちゃん用のやつだよね? やだー、エミリさんったらナイスチョイス!』
 台所で湯を沸かしていると、マオのはずんだ声が聞こえる。
『エミリさんのは?』
「これ、ですが」
『わっ、スマートフォンじゃん! いいなー、アプリとかなにいれてるの? ツイッターやってる? フェイスブックは? ラインは?』
「なんでお前そんなに詳しいんだよ」
 持ってないくせに。
 コーヒーをいれて戻って来ると、マオは机の上に座り、置かれたケータイをじろじろと眺めていた。
 エミリが若干ひきながらそれを見ている。
「つーかお前、距離感急につめすぎだろ。嬢ちゃんひいてるじゃないか」
「エミリです」
「あとほら、テーブルに座るな。行儀が悪い」
 言って椅子をひいてやる。
『はーい』
 マオは大人しく隣に座った。
 エミリの前にもコーヒーを差し出しすと、問題の機械を見る。
「とりあえず充電してありますから、使えるはずですよ。電源いれてください」
 エミリがさらりと言う。
「……電源」
 ケータイを凝視したまま固まった隆二を見て、
「……その電話のマークのところを長押ししてください」
 エミリがどこか呆れたように言う。
 わからないんだから仕方ないじゃないか。
「これ?」
「こっちです」
「ああ、これね。……つかないけど」
「長押しです。数秒押したままにしてください」
 言われたとおりに、ボタンを押しっぱなしにすると、ぱっと画面がついた。
「おおっ」
 思わず声が漏れる。なんだかちょっと嬉しい。
 そんな隆二とは対照的に、
「まさか、電源をいれるのにも一苦労だとは思いませんでした」
『前途多難、ってやつね』
 若者二人はつまらなさそうに言う。
 ほっとけ。
「はい、じゃあとりあえず電話とメールぐらいはマスターしましょう。どうせネットとか使わないでしょうし」
『使えない、だね。正しくは』
「とりあえず、わたしの連絡先を赤外線で……。どうせ神山さんが番号交換する相手なんていないでしょうから、覚えなくていいですね。わたしがいれますね。貸してください」
「どうせどうせって失礼だな」
 そのとおりだけど。
 なに言っているんだかわからないまま、エミリにケータイを奪い取られる。エミリが隆二のと、自分のとをなにやら操作して、
「はい」
 すぐに返された。受け取るとそこには、進藤エミリの文字と、電話番号と思われる数字と、なにやらアルファベットの羅列が並んでいる。
「わたしの番号とメアドです」
『エミリさんって、進藤っていうんだねー、知らなかったー』
 それを横から覗き込んでいたマオが驚いたような声をあげる。
「ああ、そういえば名乗ったことありませんね」
『うん』
「進藤エミリです。どうぞよろしく、マオさん」
 エミリがマオに微笑みかける。
『マオです!』
 マオも戯けて挨拶をする。
 それを見ながら少し意外な気がする。エミリがこんな風に巫山戯るところ、初めてみたかもしれない。
 ぼんやりそれを見ていた隆二に、エミリが鋭い視線を向ける。
「ぼぉっとしてないで、次は電話かけますよ」
 そのまま鋭い口調で言われる。あ、やっぱりいつもどおりかも。
 その後、電話の取り方やかけ方を呆れられながらも教えられ、現在、
「とりあえず、メール打ってください。こんにちは、お元気ですか、ぐらいでいいので文面」
 と放置されているところだ。
 メールアドレスは面倒だから、とエミリに勝手に決められた。それにしても、神山だから、god_mountainって、酷いセンスじゃないか、これ?
 慣れない操作に四苦八苦している隆二を尻目に、エミリとマオはなんだか楽しそうに話をしている。
『へー、じゃああの研究所って、国が作った秘密の研究所ってこと? それだけ聞くとかっこいいねー、なんか! ミチコの敵とかいそう! それか、事件が起きて刑事さんが調べに来そう!』
 マオが目を輝かせて言うのを、
「あくまでも敵役、なんですね」
 エミリが苦笑いでうける。
『エミリさんは子どもの時から研究所にいるの?』
「ええ。住居はずっとあの敷地内なので。祖母の代から。だからここからですと、ちょっと遠いですね」
『隆二ともずぅっと知り合い?』
「そうですね、父がもともと神山さん達の担当だったので」
『ああ、あの似てない……』
「よく言われます。ですので、実務につく前から何度か面識は。ちゃんと仕事はじめたのは、中学のときですね」
『へー、すごいね』
 それにしても、話題がなんだか物騒だろう。楽しそうだからいいけどさ。
 などと思うものの、つっこむ余裕は隆二にはない。
『でも中学生働かせるなんて、人いないの?』
「……いないんですよ」
 マオの屈託のない質問に、エミリの顔がひきつる。
「研究班は、そこそこいるんですけれども。あの人達は研究にしか興味がないので、後始末をするわたしみたいな人は、数が少ないんです」
『ふーん、そのままいなくなっちゃえばいいのに』
 ストレートな物言いに、さすがにぎょっとして隆二は顔をあげた。思わなくないが、それをよくまあエミリに言えたものだ。
 エミリは苦笑いしながら、
「まあ、マオさんからしたらそうなりますよね」
 と呟いた。それから、自分を見ている隆二に気がつくと、
「神山さん、余所見しないでください」
 冷たく一言。隆二は慌ててケータイに向き直った。ええっと、次はどうしたら。
「あっ」
「……はい?」
「全部消えた」
 ここまで打った文面が、何を間違えたのか消えてしまった。あとちょっとだったのに!
「……やりなおしてください」
 エミリが溜息まじりに言葉を吐いた。
『隆二は本当機械駄目ねぇー』
 マオもおちょくるように言う。
 うるさいな、お前だってできないくせに。まあきっと、触れたらあっという間に使いこなしてしまうんだろうけれども。
 そう思いながらも、再び仕方なしにケータイに向き直った。