「マオ、離れろ、とりあえず」
 エミリと話している間もひっついたままだったマオに声をかける。
「えー」
 なんだか不満げな声が返って来た。
「話がしたい。隣座れ」
 そう言うと、しぶしぶとマオは隆二から離れた。が、隣には座らず、なぜかベッドに倒れ込む。それからなんだか楽しそうに枕をベシベシ叩き出した。なんなの、こいつ。
 例え実体化していたところで、行動は変わらず意味不明なままだ。
 そんな隆二を気にすることなく、マオは、
「ねーねー、あたし、戻っちゃうのかなー。どう思う?」
 枕を叩きながら問いかけてくる。
「……さあ?」
 実体化していることすらも想定外なのだ。その後のことなんてわかるわけがない。
「戻っちゃうなら、それはそれでしょうがないかなーとは思うけど。でも、その前にコーヒー飲みたいな! 隆二いれてくれる?」
「ああ」
「やった、楽しみ!」
 マオの浮かれた声。枕を抱きかかえ、ころんっとベッドの上を転がる。
「マオ、本当に大丈夫なのか?」
「うん! なんか変な感じだけど、平気! もうお腹も空いてないし、眠くもないよ!」
 よいしょっと、と体を起こしながらマオが笑った。
「そうか」
 それに安堵の吐息を漏らす。色々イレギュラーな事態だが、とりあえず彼女が今もここにいてくれることに安心する。
「消えちゃうことはないって、言われた!」
「……研究班にか?」
「ん」
 そこでとまどったようにマオは頷く。
「大丈夫だったか? 調べたとか、言ってたけど」
 さっきの白衣の姿を見ただけで、取り乱したマオの姿を思い出す。自分の意識がしっかりしていれば、ついていてやれたのに。悔しく思っていると、
「ん、怖かったけど。でも、エミリさんがずっとついててくれたから」
 マオが意外なことを言い出した。
「嬢ちゃんが?」
「そう!」
 そこでふふっと嬉しそうに微笑む。
「エミリさんがね、言ってくれたの。わたしが一緒じゃない限り、マオさんには指一本触れさせません! って。あのね」
 そこで内緒話をするように声を潜める。
「嬉しかった。守ってくれたみたいで」
「そうか」
 さっきも庇ってもらったしな。今度改めてお礼を言おう。覚えていたら。
 あの少女は破天荒で、ファッションセンスは壊滅的だが、悪い子ではないのだ。
「りゅーじ!」
 言いながらマオが背後から抱きついてくる。
 いつものことといえばいつものことなのだが、実体化されると気まずいな、これ。ちゃんと感触や体温、というものがあって。
 そのまま髪の毛をくしゃくしゃっとなで回される。
「マオ」
 咎めるというよりも呆れて名前を呼ぶと、
「髪の毛!」
 なんだか楽しそうに言われる。それは知っている。
 そのまま手を下ろし、今度は隆二の頬に触れる。指先でつっつかれる。
「……お前、何がしたいの」
「触ったらどんななのかな! ってずっと思ってたの!」
 テンションの高い声で返される。
 それですとんっと、腑に落ちた。ああ、そうか、彼女にとって触覚というのは、初めての感覚器官なのか。
 そう思ったらそれ以上強くは止められず、掴まれた指先をそのままにする。指と指を絡めるように手を繋がれる。嬉しそうに笑う。
「隆二の家の赤いソファー、あれは触ったらどんななのかな、楽しみ!」
 そんなに楽しみにするようなものじゃない。もう古いものだし、傷んでいる。それでも彼女はあれに触れてみたいのだろう。
「じゃあ、帰ったら、コーヒーいれてやるから」
「うん!」
「ソファーに座って」
「テレビ見ようね!」
 お決まりの台詞は満面の笑顔のマオが引き取った。
「ああ」
 頷くと、その頭をくしゃりと撫でた。柔らかい髪の毛が指先に絡んだ。



End.