第六幕 猫の毛並みを確認すると。


 ここは、どこだろう?
 どこだかわからない。ただ暗い場所に隆二はいた。
 視線の先、僅かな光が見える。そちらに向かって歩き出す。
「……?」
 視界の先に、人影。目を凝らす。
 肩より少し長い綺麗な黒髪、線の細いシルエット。見覚えのある柄の、着物。
「茜っ」
 名前を呼ぶ。叫ぶ。
 人影は振り返る。隆二のよく知っている笑顔を浮かべて。
「茜っ」
 駆け出す。
 手を伸ばす。彼女の右手を掴み、
「あかねっ」
 その瞬間、彼女は白い骨となり、闇の中へと崩れ落ちた。
 喉の奥で悲鳴があがる。
『りゅーじ』
 背後から舌足らずな声で呼ばれて振り返る。
「マオっ」
 ふわりふわりと、居候猫が浮いていた。
 よかった、マオはまだ居た。
「マオ……」
 手を伸ばし、マオの右手を掴もうとすると、
『大丈夫だって言ったのに、嘘つき』
 淡々とマオが呟き、その姿が掻き消えた。
 掴み損ねた右手。
「っ、マオっ」
「帰って来るって言ったのに、嘘つき」
『大丈夫だって言ったのに、嘘つき』
「嘘つき」
『嘘つき』
 声が責め立ててくる。
 姿は見えないのに声だけが。
「だからちゃんと見とけって言ったのに」
 別の声がどこかで囁く。
「京介っ」
 声をあげても誰の姿も見えない。
「嘘つき」
『嘘つき』
「嘘つき」
 やめろ、やめてくれ。頼む……。
『隆二の、嘘つき』