『りゅーじ?』 マオの目が、とろんっとしてくる。 『……ねむい』 「待てっ」 大声を出してそれを遮る。遮ってから、ああでも寝かせた方がエネルギーの消費が少なくなっていいのか、と思い直す。 けれども、今マオを寝かせてしまうことは、一言で言ってしまえば、怖い。もうそのまま目覚めてこない気がする。 マオが片手で目を擦る。眠気に耐えるように。 「ごめんな」 その頭を撫でようとして、動かした手が、つっと宙を切った。 「っ!」 隣でエミリが悲鳴を飲み込む。 今、確かにマオの頭の辺りを触ったはずなのに、手は何も触れなかった。 マオは気づいていないのか、ぼーっとしている。 存在がまた揺らいでいる。 一つ深呼吸をして意を決すると、もう一度手を動かした。 今度はちゃんと触れた。 頭を軽く撫でてから、その手を頭に置いたままにする。離すのが怖い。もう触れなくなってしまうんじゃないかと思うと、怖い。 マオがもう殆ど何も言わないのは、限界に近いからなのだろう。 エネルギーが足りない。ここにいる人間四人を使ってもまだ足りない。このままだと消えてしまう。 居候猫が。 それならば……。 「……わかった」 自分にできることは一つしか思い浮かばない。 「じゃあ俺のをやるよ」 マオがほんの少し首を傾げるが、言葉が届いているのかはわからない。 「神山さんそれはっ」 「黙れ」 エミリの悲鳴のような言葉を低い声で遮る。 不死者は死んでもいないが生きてもいないから、マオの食事に値するような精気はない。それでも、死んではないのだから、なにか、それに該当するものはあるはずだ。 「どれだけ摂っても死なないんだ。さすがにこれだけあれば、足りるだろう」 「でも……」 そんなことをして無事で済むのかどうかはわからなかった。マオは救えないかもしれないし、本当にそれで隆二が死なない保証も実のところない。不死者の定義において、そんなこと想定していないから。それでも、なにもしないでただみているだけなんて出来なかった。 だって、 「いやなんだよ、もう誰かが消えるとかそういうのは!」 自分で思ったよりも大きな声がでた。 だってもう、考えただけで耐えられない。 隣でエミリが息を呑んだ音が聞こえる。 「マオ、お前、言っただろ!」 うつろな目をしたマオの両肩を掴む。顔を正面から覗き込み、強い口調で告げる。 「隆二にはあたしがいるから大丈夫だって! いなくなられたら、駄目なんだよ! 約束しただろうが。約束は守らなきゃ駄目なんだろ」 全部、お前が言ったことだ。 『……やくそく』 マオの瞳が少しだけ動く。小さな声で言葉が漏れる。 「ああ、約束しただろう」 それに力強く頷く。 「ちょ、ちょっと待てっ」 ようやく事態を理解したのか、白衣達が動き出す。 「お前等何を勝手に決めているんだ! そんなこと許可する訳にはっ」 さすがに放っておくことができないと思ったらしく、こちらの部屋に入って来ようとする白衣を、 「来ないでください!」 隆二の隣にいたエミリが叫ぶことで遮る。そして、鞄から取り出した銃を、白衣に向けた。 「来たら、撃ちます」 「なにをっ!」 「本気ですっ!」 「進藤、お前自分が何をしているのかわかっているのかっ」 「こんなことしてどうなるか」 「前回の失態もあるのに」 「うるさい黙れっ」 大声をあげる白衣を、それよりも大きな声でエミリが遮った。らしくない言葉遣いと剣幕に、白衣達が固まる。 「確かに、わたしはこの間失敗しました。あのときは救えなかった。……違う、救い方がわからなかった。でも、今回は違います。マオさんが消えるのを、このまま手をこまねいて見ている。それが間違っていることはわかる。ならば、わたしは、それに抗います」 いつもと同じ、淡々とした、それでいて強い意志を感じさせる声でエミリは続けた。 「もう何も、神山さんから奪わせたりさせません」 はっきりと言われた言葉に、息を呑む。ああそうだ、もう何も盗らせない。こいつらには渡さない。 「嬢ちゃん」 何か言おうと彼女を見ると、 「はやくしてください」 冷たく一言言われた。 そのいつもどおりな態度に救われる。ほんの少しだけ、心にゆとりが戻ってくる。 彼女の言うとおりだ。どうなるかわからない。それでも、今、マオがいなくなることよりも怖いことなんてなにもなかった。 「ちょっとまて、落ち着いて考えろっ」 「最悪、共倒れだぞ!」 白衣の声。 共倒れ? ああ、それもいいじゃないか。 マオを守れなくて、それより先、生きることにしがみついている意味なんて、あるか? 事態を理解するだけの頭が回っていないのか、ぼんやりとこちらを見てくるマオの頬に手を添える。 「大丈夫」 小さく微笑むと、マオの唇に唇を重ねた。 |