エミリが振り返り、白衣に告げる。
「出番ですよ」
「……おまえら、人使いが荒いぞ」
 苦々しげに白衣が呟きながらも、それでも仕事はきちんとするらしい。
「今、エネルギーの状態は?」
 こちらにくるなという言いつけを守り、ダイニングから言葉を投げかけてくる。
「マオさん、今、お腹空いていますか?」
 それをエミリが優しく翻訳して問いかけてくる。
『……うん、空いてる。さっき食べたのに』
「そうですか」
 わかりました、とエミリは安心させるように微笑んで答え、
「足りないそうです」
 白衣の方を振り返ると、冷たく言った。そのエミリの態度にも何かいいたそうに白衣は口をひらいたが、結局時間の無駄だと思ったらしい。言葉を飲み込む。
 代わりに、
「なら、これを」
 ピルケースを投げて来る。エミリがそれを片手で受け取ると、説明を促すように白衣を見る。
「人の精気をつめたカプセルだ。研究所ではいつも使っているGナンバーの食事だ」
 エミリがそれを開けると、赤と白の二色になったカプセルがいくつか入っていた。
『……知ってる、それ』
 マオが小さく呟く。
『あのころ、ご飯はそれだった』
「そうですか。……なら、偽物というわけではないのですね」
「進藤、お前はこちら側の人間なんだから信頼しろよな」
 嫌そうに白衣が呟くのを、隆二達は全員スルーする。
「これを食べていたんですね?」
『うん。それだと一個で足りていた』
「なるほど、わかりました」
 エミリがちらりと隆二に視線をやる。指示を仰ぐように。
「あげてやってくれ」
 そう頼むと、
「わたしがですか?」
 意外そうに尋ねられた。
「……不満か?」
「いえ、ご自分でやらなくていいのですか?」
「両手塞がってんだよ」
 怯えたマオにしがみつくように握られている腕を見る。
「嬢ちゃんは信頼している」
 彼女はマオをG016ではなく、マオとして見てくれている。少なくとも、この件にかんしては、彼女は信頼できる。
 エミリは驚いたように一度目を見開いてから、
「……ありがとうございます」
 小さな声で呟いた。それからカプセルを取り出すと、
「はい、マオさんどうぞ」
 差し出す。マオが小さく口をあけたところに、それを放り込んだ。
 どういう仕組みなのか、エミリの手を離れ、マオの口に入ったところでカプセルは見えなくなる。
 こくり、とマオの喉が動く。
「いっぱいになるまで与えろ」
 白衣の声がとんでくる。
「マオさん、どうですか?」
 問われてマオが小さく首をふる。不安そうな顔をして。
『いつもなら、これでよかったのに……』
「大丈夫、まだあるから」
 それに隆二は優しく言葉をかける。それにマオが躊躇いがちに頷いた。
 大丈夫、と言いながらも隆二自身、不安が拭えない。ケースの中にはまだ沢山のカプセルが詰まっている。これでひとまず安定すればいい。
 けれどももし、これを全部食べても足りなかったら?
 自分で考えた想像に、背筋が凍る。
 ありえない。そんなことあってはいけない。
「どうぞ」
 エミリが差し出すカプセルを飲み込むマオを見ながら、万が一が起きないように祈る。
 最初のころは、まだ余裕があった。大丈夫だろう、という気がしていた。
 だけれども、カプセルの量が半分になっても、未だ何も起きないとなると、事情はかわってくる。
 マオはもう完全に泣き顔だし、エミリも眉をひそめたままだ。
『……ごめんなさい』
 マオが泣き声で呟くと、慌てたようにエミリが笑顔を作った。
「マオさんのせいじゃないですから、謝らなくていいんですよ」
『だけど、お腹いっぱいにならないから……』
「大丈夫です。はい、どうぞ」
 マオの頭を撫でてやりながら、隆二は黙ってそのやりとりを見ていた。ここまで、大丈夫、という言葉が白々しく聞こえることもない。
「……なあ、一応、念のために聞くんだが、これって、これしかないのか?」
 振り返って白衣に尋ねると、悪びれもせず頷かれた。
「この役立たずが」
 舌打ちする。
 それが不満だったのか、白衣が何か言おうとするのを睨んで黙らせた。さすが研究班、隆二の身体構造がどうなっているのかも、きちんと書面で理解しているらしい。立ちはだかろうなんていうバカな気は起こさない。
 隆二に立ち向かおうとする意思のある唯一の少女は、残り少ないカプセルを、ゆっくりとマオに差し出している。指先がかすかに震えている。
 食べても食べても、足りない。
 最後のカプセルを飲み込んだあと、
『おなか、すいた』
 マオが小さく呟いた。
 食べても食べても、満腹にならない。満足しない。
 食べた端から消費されている。ぎりぎり存在を保つのに使われているのだろう。ということは、今体内に残ったエネルギーがなくなったら、その時は?
「……あいつら全員捧げたらどうにかなんないかな」
 背後の白衣達を思いながら小さく呟く。
「足りないかと」
 意外にもエミリはそれを咎めはせず、ただ事実を突きつけて来た。
「例え、わたしをいれたとしても、足りません」
「嬢ちゃんを巻き込む気はないけどな」
 小さく呟くと、エミリは意外そうに片眉をあげた。