「マオちゃん、ごめんね」 『んーん』 マオの散歩コースにもある公園に二人は居た。二人ともブランコに腰掛けている。マオはゆらゆらと、足を揺らしながら、 『京介さんの事情はわかったから』 ぽつん、と呟いた。 「うん、だから」 京介も、マオの方を見ないまま答えた。 「だから、ごめんね」 あたりはすっかり暗くなっている。そろそろ、隆二との約束の時間だ。 「そろそろ隆二来るはずだから。ごめんね?」 『うん。それは、いいんだけど』 マオは隣のブランコに座る京介を見る。 『一回だけ確認するね。京介さんは、本当にそれでいいの?』 「うん」 マオの言葉に、素直に頷いた。 「他の選択肢は、もう考えられない」 『そっか』 それじゃあしょうがないね、とマオは呟いた。 「呆れてる?」 『なんで?』 「こんな選択しか出来ないこと」 『全然』 だって、とマオは微笑んだ。 『京介さんには、あたしがいないから仕方ないと思うの』 「……マオちゃんが?」 『時間の流れが一緒の存在が』 「……ああ」 京介は小さく苦笑した。 『あたし、発生してから今日まで色々あって楽しくって、発生したときのことなんかとぉい昔のような気がする。けど、永遠は、まだまだ長いのでしょう? それを一人で生きろというのは、酷だと思うの』 「そうだね」 とん、っと京介は軽く地面を蹴った。ブランコが揺れる。 「うん、そうだね。なんだかんだで俺が隆二に頼もうと決心出来たのは、隆二にはマオちゃんがついているってわかったからだしね」 答えは決まっていた。でも、結果は一つでも、それを成し遂げる方法はいくつかあって、その中で今回のことが最善だと結論付けた。それは、マオの存在が大きい。 「あいつはもう一人じゃないから。それなら、多少、面倒ごとを押し付けても平気かなって思ったんだ」 一人きりだったら、潰れてしまうことも、二人ならば平気だろうから。 『うん、一人じゃないから』 マオが頷く。力強く。 「うん、任せた」 微笑みながら京介も頷き返した。 そして、とんっと地面に足をつける。揺れていたブランコがとまる。 『京介さん?』 「来たよ」 不思議そうな顔をするマオに、告げた。足音がする。 「時間きっかりだね。吃驚だ」 弾みをつけてブランコから立ち上がる。 「てっきり、早い時間に奇襲でもしかけてくるかと思ったのに。一応、外見上は誘拐犯なわけだし、俺」 『なんだかんだで、京介さんのことを信じていたからじゃない?』 「違うね。マオちゃんのことが本当に心配だったんだよ」 だから時間より前にこの場所に来ることができなかった。平気だろうと高をくくって、万が一のことがあったら怖いから。 『そうかなぁー?』 マオが不思議そうに首をひねった。 「そうだよ。ねぇ、マオちゃん」 名前を呼ぶと、マオが不思議そうな顔のまま京介の方を向いた。 「最後に一つだけ」 『うん?』 小さく首を傾げる。 「あいつは、イマイチ素直じゃないし、なんか冷たいし、ひとでなしだけど、マオちゃんのことを心配してる。気にしている、いつだって。それは本当のことだから。ただ、あいつはあれでバカだから、無くさないと大事なものに気づけないんだ。大事にしているものを無くしそうになって初めて、それが大事だとわかるタイプの人間なんだ。さらに言うと、無くしそうになってその時は焦るけど、無事だとわかると、焦ってた気持ちなんて忘れるんだ。大事だと一度理解したのならば、そのままずっと、しっかり持っていればいいのに、それが出来ない。本当、呆れるほどバカだろ?」 だから、と真面目な顔で京介は続けた。 「自信を持って。あいつの冷たさに挫けたりしないで。どんなに冷たくても、あいつはマオちゃんのことを見捨てたりしないから。愛されているのだと自信を持って。マオちゃんが自信を持つぐらいできっと、丁度いい」 マオは京介の顔をじっと見つめた。言葉をゆっくりと飲み込むような沈黙のあと、 『……うん』 しっかりと頷いた。 『大丈夫。隆二がひとでなしなことは、知っているから』 そうして、にっこりと、笑った。 京介は、ならいいんだ、と笑い返した。 「京介」 その背中に声がかかる。 京介が振り返ると、そこには敵意剥き出しの隆二が立っていた。 ブランコの柵の、三歩向こう側で、不機嫌そうな顔をしている。 「やあ、時間ぴったりだね」 おどけて京介が言葉を返す。 「マオを返せ」 それを隆二は斬り捨てた。 「はいはい。マオちゃん、ごめん、隆二と二人で話をするね」 『うん』 京介の言葉にマオは頷くと立ち上がった。 そのまま、すぃっと京介の横を抜け、隆二の隣に立つ。 「大丈夫か?」 無事を確かめるかのように、隆二の右手がマオの頭を撫でる。 『平気。心配かけてごめんね』 「そうか」 すっと、隆二の肩から少し力が抜ける。安心したように。 『待ってるね、外で』 そんな隆二にマオは公園の外を指差した。 「ああ」 隆二は小さく頷く。マオは頷き返すと、 『京介さん』 振り返り、京介の方を見る。 「ごめんね、マオちゃん」 『ううん。隆二のことは、心配しなくて平気だよ。あたしがいるから』 「任せた」 『任された』 そうしてマオは、少しだけ寂しげに微笑むと、 『……じゃあ、ばいばい』 右手を小さく振る。 「うん、じゃあね」 京介も軽く手をふりかえした。 『じゃあ、隆二、あとでね』 二人のやりとりを怪訝そうに見ている隆二に少し微笑むと、マオはすぃっと公園の外に向かった。 |