第三幕 There's more ways than one to kill a cat.


「マオちゃん、ごめんね」
『んーん』
 マオの散歩コースにもある公園に二人は居た。二人ともブランコに腰掛けている。マオはゆらゆらと、足を揺らしながら、
『京介さんの事情はわかったから』
 ぽつん、と呟いた。
「うん、だから」
 京介も、マオの方を見ないまま答えた。
「だから、ごめんね」
 あたりはすっかり暗くなっている。そろそろ、隆二との約束の時間だ。
「そろそろ隆二来るはずだから。ごめんね?」
『うん。それは、いいんだけど』
 マオは隣のブランコに座る京介を見る。
『一回だけ確認するね。京介さんは、本当にそれでいいの?』
「うん」
 マオの言葉に、素直に頷いた。
「他の選択肢は、もう考えられない」
『そっか』
 それじゃあしょうがないね、とマオは呟いた。
「呆れてる?」
『なんで?』
「こんな選択しか出来ないこと」
『全然』
 だって、とマオは微笑んだ。
『京介さんには、あたしがいないから仕方ないと思うの』
「……マオちゃんが?」
『時間の流れが一緒の存在が』
「……ああ」
 京介は小さく苦笑した。
『あたし、発生してから今日まで色々あって楽しくって、発生したときのことなんかとぉい昔のような気がする。けど、永遠は、まだまだ長いのでしょう? それを一人で生きろというのは、酷だと思うの』
「そうだね」
 とん、っと京介は軽く地面を蹴った。ブランコが揺れる。
「うん、そうだね。なんだかんだで俺が隆二に頼もうと決心出来たのは、隆二にはマオちゃんがついているってわかったからだしね」
 答えは決まっていた。でも、結果は一つでも、それを成し遂げる方法はいくつかあって、その中で今回のことが最善だと結論付けた。それは、マオの存在が大きい。
「あいつはもう一人じゃないから。それなら、多少、面倒ごとを押し付けても平気かなって思ったんだ」
 一人きりだったら、潰れてしまうことも、二人ならば平気だろうから。
『うん、一人じゃないから』
 マオが頷く。力強く。
「うん、任せた」
 微笑みながら京介も頷き返した。
 そして、とんっと地面に足をつける。揺れていたブランコがとまる。
『京介さん?』
「来たよ」
 不思議そうな顔をするマオに、告げた。足音がする。
「時間きっかりだね。吃驚だ」
 弾みをつけてブランコから立ち上がる。
「てっきり、早い時間に奇襲でもしかけてくるかと思ったのに。一応、外見上は誘拐犯なわけだし、俺」
『なんだかんだで、京介さんのことを信じていたからじゃない?』
「違うね。マオちゃんのことが本当に心配だったんだよ」
 だから時間より前にこの場所に来ることができなかった。平気だろうと高をくくって、万が一のことがあったら怖いから。
『そうかなぁー?』
 マオが不思議そうに首をひねった。
「そうだよ。ねぇ、マオちゃん」
 名前を呼ぶと、マオが不思議そうな顔のまま京介の方を向いた。
「最後に一つだけ」
『うん?』
 小さく首を傾げる。
「あいつは、イマイチ素直じゃないし、なんか冷たいし、ひとでなしだけど、マオちゃんのことを心配してる。気にしている、いつだって。それは本当のことだから。ただ、あいつはあれでバカだから、無くさないと大事なものに気づけないんだ。大事にしているものを無くしそうになって初めて、それが大事だとわかるタイプの人間なんだ。さらに言うと、無くしそうになってその時は焦るけど、無事だとわかると、焦ってた気持ちなんて忘れるんだ。大事だと一度理解したのならば、そのままずっと、しっかり持っていればいいのに、それが出来ない。本当、呆れるほどバカだろ?」
 だから、と真面目な顔で京介は続けた。
「自信を持って。あいつの冷たさに挫けたりしないで。どんなに冷たくても、あいつはマオちゃんのことを見捨てたりしないから。愛されているのだと自信を持って。マオちゃんが自信を持つぐらいできっと、丁度いい」
 マオは京介の顔をじっと見つめた。言葉をゆっくりと飲み込むような沈黙のあと、
『……うん』
 しっかりと頷いた。
『大丈夫。隆二がひとでなしなことは、知っているから』
 そうして、にっこりと、笑った。
 京介は、ならいいんだ、と笑い返した。
「京介」
 その背中に声がかかる。
 京介が振り返ると、そこには敵意剥き出しの隆二が立っていた。
 ブランコの柵の、三歩向こう側で、不機嫌そうな顔をしている。
「やあ、時間ぴったりだね」
 おどけて京介が言葉を返す。
「マオを返せ」
 それを隆二は斬り捨てた。
「はいはい。マオちゃん、ごめん、隆二と二人で話をするね」
『うん』
 京介の言葉にマオは頷くと立ち上がった。
 そのまま、すぃっと京介の横を抜け、隆二の隣に立つ。
「大丈夫か?」
 無事を確かめるかのように、隆二の右手がマオの頭を撫でる。
『平気。心配かけてごめんね』
「そうか」
 すっと、隆二の肩から少し力が抜ける。安心したように。
『待ってるね、外で』
 そんな隆二にマオは公園の外を指差した。
「ああ」
 隆二は小さく頷く。マオは頷き返すと、
『京介さん』
 振り返り、京介の方を見る。
「ごめんね、マオちゃん」
『ううん。隆二のことは、心配しなくて平気だよ。あたしがいるから』
「任せた」
『任された』
 そうしてマオは、少しだけ寂しげに微笑むと、
『……じゃあ、ばいばい』
 右手を小さく振る。
「うん、じゃあね」
 京介も軽く手をふりかえした。
『じゃあ、隆二、あとでね』
 二人のやりとりを怪訝そうに見ている隆二に少し微笑むと、マオはすぃっと公園の外に向かった。