コンビニの袋片手に、足早に隆二は家を目指していた。
 まさか家から一番近いコンビニが改装工事中だとは思わなかった。そして、足を伸ばして遠いコンビニまで行ったら、久しぶりにあのオカルトマニアの店員に会うし。
 話なげえよ。あんたが新しく買った吸血鬼小説が面白かった話なんかどうでもいいんだよ。っていうか、オカルトマニアだとしてもなんか、どっかずれてるんだよ。なんで本物の吸血鬼、と思っている人間相手に吸血鬼小説の話をつらつらとできるんだよ。もっと他に話すことあるだろ。
 などと、脳内で怒濤のツッコミを繰り広げていると、
「神山さん!」
 背後から声をかけられて振り返る。予想どおりの赤い色にうんざりする。道ばたで話しかけるな、赤くて恥ずかしいから。
「よかった、今からお宅に伺うところで」
「何? 嬢ちゃんってば、またなんか逃がしたの?」
 からかうように言っても、意外なことにエミリは抗議の言葉を述べなかった。お決まりの名前の訂正もない。
「神野さん、まだ、いらっしゃいます?」
 慌てたように放たれた言葉に、少し面喰らう。
「あー、帰ってるかな? でかけてたけど。何、京介に用?」
 エミリは一度息を整え、その青い瞳でじっと隆二の顔を見つめる。
「落ち着いて聞いてください」
「なに?」
 何を言い出すのか。少し身構えると、エミリは慎重に言葉を発した。
「エクスカリバーが盗まれました。恐らく、神野さんの仕業です」
 その言葉の意味を認識するまで、少しの時間を要した。
 エクスカリバーが盗まれた?
 理解すると同時に、振り向き、家に向かって駆け出した。
「神山さんっ」
 エミリが叫び、後をついてくる気配がする。
 エクスカリバーは実験体の抹消に使われていた武器の通称だ。
 実験体、つまり、隆二や京介や、マオを。
「昼間に! 研究所にいらっしゃって!」
 背後からエミリの声がする。少しだけ速度を緩めて、その言葉に耳を貸した。
「京介がか?」
「はいっ。それで、様子が変で。うまく、言えないんですけど。帰られたあと、保管室の人間が倒れているのを発見して、それで」
「中を見たらなかったってことか」
「はい」
 息を切らしながらエミリが頷く。
「……なにに使うつもりだと思う?」
「わかりません。わかりませんけれども、でも」
 エミリがそこで言葉を切った。
「そうだよな」
 今ここらにいる実験体に該当するのは、隆二とマオだ。
「……マオにも、勿論?」
「効果があります。あるはず、です」
「先に行く」
 それだけ聞けば十分だった。それ以上は聞けなかった。
 エミリを残し、全速力で駆け抜ける。本気で走ったら周りの人間から不審がられる。そんなこと、今はどうだっていい。
 ぎしぎしとうるさいアパートの階段を三段飛ばしで駆け上がり、乱暴に鍵をあけ、
「マオっ!」
 叫びながら部屋に入る。
「マオっ」
 靴を脱ぐのがもどかしくて、そのままあがった。
 つけっぱなしのテレビから、能天気な音楽が流れる。
「マオ!」
 狭い家の中に、居候猫の姿は見えない。
 焦燥感が募る。
 隆二が遅いから勝手に出かけたのかもしれない。でも、帰って来たら出かける約束をしていた。マオがそれを待たずに出かけるわけがない。
 マオは自分と違う。約束はきっちりと守るタイプだ。
「っち」
 舌打ちすると、持っていたままだったコンビニ袋を腹立ち紛れに投げつける。
 外を探さないと。
 振り返り、ドアに向かったところで、
「神山さんっ」
 息を切らしながらエミリが現れた。邪魔だったのか、赤いベレー帽は片手に握られている。
「マオさんはっ」
「いない。京介も」
「……探すの、手伝いますっ」
「頼む」
 背に腹はかえられない。素直に頷くと、部屋から出る。ドアを後ろ手で閉める。
「神山さん」
 そこでエミリに袖をひっぱられた。
「なに?」
「これ」
 エミリが指差す先、ドアの新聞受けに、一枚の紙が挟まっていた。見覚えのないそれを、慌てて引き抜く。
 少し神経質そうな文字が踊っていた。
「隆二へ。ごめん、マオちゃんを預かりました。返して欲しかったら、夜九時、公園まで来てください。ごめん。追伸、ごめん、エクスカリバーもっています」
 そこに書かれていたのは、謝罪にまみれた誘拐犯からの手紙。
「あんの、馬鹿野郎っ」
 くしゃり、とメモを握りつぶした。