思ったよりも遅くなってしまった。 京介は足早に、隆二の家に向かう。 あまり遅くなると、何を言われるかわからない。怪しまれるかもしれない。 「この前、マオちゃんに探りいれられちゃったしなぁ」 ぼやく。 約束を破るためにここに来た。それは嘘じゃない。けれども、それを実行に移す決心がなかなかつかず、長いことかかってしまった。本当は、こんなに長いこと、ここにいるつもりはなかったのに。 流されやすくて情にもろくて、日和見主義なのは昔からだ。平和な生活は心地よくて、ずるずるとこのままでいいかと思ってしまう。それで失敗したというのに。 でもそれも、今日で終わりだ。 ソレを入れたトートバッグを、ぐっと握る。 ここまできたら引き返せない。実行に移すならすぐに。はやくしないと止められてしまうかもしれない。 覚悟なんてあの場所で決めてきた。もう迷わない。 それでも隆二の家まで戻り、そのドアを開けようとしたときには手が震えた。 一つ深呼吸。 落ち着こう。動揺しているところを見せちゃいけない。 「よしっ」 平常心を取り戻し、いつものような笑顔を浮かべて、ドアノブをひっぱり、 「あれ?」 ドアは開かなかった。 合鍵なんてものを持っていないから、隆二か京介、どちらかが必ず家にいて、家にいるときは鍵を開けっ放しにしていることが多いのに。 仕方なしにチャイムに指を伸ばす。そこから、腹立ち紛れに連打した。 せっかく覚悟を決めたのに、なんというか、出鼻をくじかれた気分だ。なんでこう、いちいち人の神経を逆撫でするようなことするかね、あいつは。 返事はない。テレビの音はするから、いるとは思うんだが、居留守か。 『京介さん』 そう思っていると、ひょいっとマオがドアから顔を生やした。 「マオちゃん」 『ごめんね、隆二、今お出かけしてるの』 本当にすまなさそうな顔をマオはする。 『コンビニだからすぐ帰ってくると思うんだけど』 「あーそう。そっか」 コンビニ行くのに律儀に鍵かけていくなよ。どうせ盗まれるようなもの持ってないくせに。 仕方ない、帰って来るまで待つか、とドアに背を預ける。 『ごめんねー』 「マオちゃんが悪いんじゃないよ」 そう言って微笑みかけ、 「あ、そっか」 気づいてしまった。 何もここで隆二を待つ必要はないじゃないか。隆二が居ない、それは好都合じゃないか。 『京介さん?』 不思議そうなマオの声。 握った鞄。 今ここで、実行に移そう。それが一番、賢いやり方だ。 「マオちゃん」 上半身だけドアから生やした、マオの手を掴む。 『……京介さん?』 訝しげなマオの声。 怯えさせてしまうことは本意ではない。それでも、どこか顔が強張ってしまう。 「ちょっと付き合って欲しいんだけど。外行こう?」 『えっと。でも、あたし、お留守番してないと。隆二と約束したから』 マオが困ったような顔をする。本能的に何かを感じとったのか。軽く身を引き、京介から距離をとろうとするのを、 「なんで俺がここに来たのか、説明するよ」 ずるい言葉で引き止めた。 「俺がここに来た理由、隆二知りたがってるんじゃない?」 これじゃあまるで、君子に出てくる悪人だ。マオにとって一番魅力的に聞こえる言葉で誘惑する。 「教えたら、隆二が褒めてくれるかもよ?」 マオは少し躊躇ったあと、 『ちょっとなら、いいよ』 頷いた。 |