「私と恋仲になって、そして心中して」 初対面で、彼女は、こともあろうかそう言った。 正直、バカなんだと思った。 ただ、その時の彼は、疲れ切っていた。住む場所も、仕事も、人間として暮らしていく肩書きも、全て失い、疲れ切っていた。 だから,とりあえず彼女の話に乗ることにした。彼女の家で、衣食住の提供を受ける代わりに、家政夫のようなことをして過ごした。 深入りするつもりはなかった。 深入りしてはいけないと思っていた。 それで失敗した友人を見ていたから。 そもそも、今までも、まったく人とかかわらずにきたわけではなかった。それなりに人間社会に溶け込むようにして過ごして来た。恋人的なポジションで、付き合ってきた女性だっていなかったわけではない。 ただ、本気になるのはどこかでおさえていただけで。 そして、大体の場合は相手の方から別れを切り出して来た。本音が見えないとか、何か隠しているんじゃないのとか、そんな理由で。 言えるわけがない。化け物だなんて。そんなことわかっていたから、彼だって割り切ってそこで別れてきた。最初から、割り切った付き合いだった。少なくとも彼にとっては。 でも、今回は違った。殆ど自分の身の上は話していないのに、彼女はそのことを追及してこなかった。その場所に居る彼だけをありのままに受け入れた。 子どもの戯れのように、 「キョースケは優しいね」 と微笑み、 「だから大好き」 とはしゃいだ声をあげる。もっとも、そのすぐあとに、 「だから心中して」 なんて続けていたけれども。 最初は、死にたがる彼女が放っておけないだけだった。だからずっと見ていた。 そして、その過程で知ってしまった。ありのままの自分を肯定されることが、過去を追及されないことが、心地よいことなのを。 深入りするつもりはなかった。 深入りしてはいけないと思っていた。 それで失敗した友人を見ていたから。 なのに、何故だろうか。 気づいた時には抜けられなくなっていた。深みにはまっていた。 人間を愛してしまった。 人間になりたい、と思ってしまった。 そんなこと、できるわけないのに。ずっと一緒にいるなんてそんなこと、できるわけないのに。 このまま一緒に居てはお互い駄目になる。そう思って、その場所から去ることを決意した。 彼があの家から出る時、彼女は言った。 「絶対に帰って来てね」 帰るつもりはなかった。帰れなかった。そんなこと、できるわけなかった。 だから、旧友を尋ねることにした。彼ならどうにかしてくれるだろう。 リュウジ、の名前を持つ彼ならば。 同じ約束を受けた彼ならば。 |