善は急げとでも言うように、翌日には出発していた。 「……なにもそこまで張り切らなくても」 朝一の電車に乗るために道を歩きながら隆二はぼやいた。 『思い立ったが吉日でしょう!』 隣を浮いていたマオが胸をはって言った。それはそうなのだが。 「せっかく新幹線のチケットとれたしさ」 昨日、俺ちょっとチケットとってくるよ! などと言って京介はあの後すぐに家を出て行っていた。 「でも、もっと遅い時間でも」 「今から出ると十時には着くし。最悪日帰りも出来る時間っしょ。もうちょい後でもいいけど、始発の方がマオちゃん楽でしょ? 人少ないから、隆二も気兼ねしないでマオちゃんに話しかけられるし。これがラッシュ時になると、隆二話さないでしょ?」 『えー、そんなのあたしつまんないっ!』 「でしょ?」 「……意外と考えてるなぁ」 「意外とってなんだよ。それに、はやくしないと、隆二の決心がまた鈍るだろ?」 行くと決めた以上、はやく謝りたい気持ちもある。それでもやっぱり、どこか気が重い。怖い。図星を指されて押し黙る。 『一人じゃないから、平気だよねー?』 マオが無邪気に笑う。 「……ああ」 それに少し心が和んだ。大丈夫。今なら帰る場所もあるし、一緒に行ってくれる居候猫もいる。あと、また別の居候も。 そんなことを言い合っている間に、駅に着く。 『あたし、電車ってはじめてー!』 楽しそうに笑うマオを見て、遠足かなにかと勘違いしてるんじゃないか? という気もしてきたが。 ホームに電車が滑り込む。人はまばらにしか居ない。 椅子に座り、その隣にマオも腰を下ろした。進行方向とは逆方向の隣。それを見て京介が、 「あ、マオちゃん。隆二に掴まってた方が」 『え?』 ドアが閉まる。電車がホームから離れる。ゆっくり動き出す。駅が少しずつ遠のき、 「……そうか、幽霊か」 マオの姿も少しずつ、遠ざかって行く。 『えっ、えええっ!!』 幽霊は電車に乗れない。なぜならば、車両に接していないから。車両は幽霊の体をすり抜けて行く。 慌てたマオが、こちらへ向かおうと必死に手足を動かすが、加速を続ける車両には敵わない。 「あー、だから掴まってた方がいいって」 「わかってたなら先に言ってやれよ、お前」 「隆二が気づいてあげなよ、そこは。せめて、進行方向に座ってれば良かったんだけど」 必死に頑張っているがちっとも姿が近づかない、寧ろ遠のいているマオに向かって、 「次の駅で待ってる」 軽く片手をあげると、 『ひーとーでーなーしー!!』 叫び声が返ってきた。だからそうなんだってば。 『もう、本当、信じられないっ! なんで先に行っちゃうの?』 次の駅で下車し、待っていた隆二達の元に全速力で飛んで来たらしいマオは、着くなり矢継ぎ早に文句を言い出した。 「ちゃんと待ってただろうが、ここで」 『どうにかしてよ! その前に!』 「無理だろ、あの状況じゃ。常識的に考えて」 『もー、本当あり得ない! ひとでなしっ!』 言いながらもマオは、しっかりと隆二の背中にしがみついている。 やってきた電車に乗り込む。しっかりと隆二にしがみついたマオは、電車と一緒に動くことに成功した。 『はー、よかったぁー』 「最後まで気、抜けないな、お前」 手を離したら、あっという間に置いて行かれる。 「まあ、隆二の膝の上にでもずっと座ってれば大丈夫でしょう」 それは果たして本当に大丈夫なのか、色々な意味で。 「でも、この路線、一駅間短くて良かったよね。すぐに追いつけて」 『その、新幹線とかっていうのは、駅と駅が遠いの?』 恐る恐る尋ねたマオに、 「遠いよ」 真面目な顔をして京介が頷いた。 『……気をつけなきゃ』 気を引き締めたらしいマオが、ぐっと手に力をこめた。やめろ、首が絞まる。 そんな、普段なら呆れ返るようなドタバタ道中だったが、今回ばかりはそれに救われた。暗い思考にならなくていい。 新幹線の中、隆二の膝に座り、隆二の首筋に手を回し絞める勢いで力を入れ、隆二にちゃんと自分の腰を支えるように口うるさく注意しながらも、窓の外を瞳を輝かせて眺める居候猫に感謝する。一緒に来てくれて、ありがとう。 |