「私には、姉が居るの」 家に入り、腰を下ろすと茜がゆっくりと切り出した。 「同い年の」 「血のつながらない? ……いや、双子か?」 「そう、双子。葵って、言うの」 小さく頷く。 「一条は、昔から続く名家で、家柄をとても大事にしていて。だから、双子が生まれたなんてこと、外聞を大事にする一条にはあってはならないことだった」 「……ああ、双子は悪魔の子、とか言われる風習が?」 まったく同じ顔の人間が二人いること、一つの腹から一度に二人生まれること、そう言ったことから双子が忌まわしいものとされることがあると聞く。 「そう。……さすがに、知っているんだね」 弱々しい笑い方をする茜に、何故だか少し苛立ちを感じる。 「だから私は、生まれなかったことにされるはずだったの。……殺されるはずだった」 茜は仕方ないよね、と笑う。唇だけで。 「だけど、一条は代々体の弱い者が生まれることが多くて。私や葵も例外じゃなくて。だから私は、今日までここで、一条から離されたところで生かされている」 泣きそうな目をしているくせに、小さく微笑む。何故だろう。苛々する。 「葵に何かがあったときに、すぐに代われるように。……さっきの人は、一条の補佐を代々している人で、だからだいぶ失礼なことを」 「笑うな」 耐えられなくなって、言葉を遮った。驚いたような顔を一瞬したものの、直ぐに茜は小さく笑う。 「どうしたの?」 「笑うな」 その手をひく。よろけて体勢を崩した茜の頭を両腕で抱え込んだ。 「隆二っ」 慌てたような声がする。 「なんで、泣きそうな顔をしてる癖に笑うんだよ。なんだかとても、腹が立つ」 頭を抱えたまま、低い声で言う。ばたばた慌てたように手を動かしていた茜は、その言葉にぴたりと動きを止めた。 「向こうの都合で勝手に振り回されてるんだろ。怒ってもいいし、泣いてもいいし、それが普通だろ。わかったような顔をして、笑わなくてもいいだろうが」 気づいたら話している自分の声が震えていた。ああ、今自分は、彼女に自分を重ねあわせている。昔の自分にかけたい言葉をかけている。 だからこそ、 「笑わなくて、いいから」 だからこそ、彼女がとても愛おしい。 黙っていた茜が額を隆二に押し付けるようにし、腕をそっと背中にまわした。 「……ありがとう」 小さく聞こえてきた声は、水分を含むものだった。 「ん」 急に照れくさくなって小さく頷いた。照れくさくなったけれども、この手を離すつもりはなかった。 二人の関係が変わったのだとしたら、この日がきっかけだったのだろう。この日を境に、隆二の中でこの家から出て行くという選択肢が消えた。ふれあうことに躊躇いがなくなり、かける言葉に暖かみが増した。 今思い出しても、この時が一番幸せだった時間だ。二人でのんびりと暮らす。ただ、それだけがとても幸せだった時間。 だけど、それが永遠に続くわけではなかったし、そんなこと心のどこかではわかっていた。気づかされたきっかけは、なんでもない一日に紛れていた。 その日も、いつもの規則正しい生活を送っていた。認識してしまうと恥ずかしいことだが、隆二も今やその何気ない規則正しい毎日を楽しいと思っていた。同じように見えて違う。はっきり言ってしまうと、毎日茜の言うことややることは違っていて、それを見ているのがとても楽しかった。 だからその日も、いつもとは違う部分があった。同じではなかった。 「りゅーじにーちゃん、あーそーぼー」 土手を散歩中、子ども達に声をかけられた。 「ああ、太郎たちか」 最初隆二が助けたその少年は、今ではすっかり懐いていた。とはいえ隆二の返答は、 「やだよ」 「ええっ、ケチー」 「ちょっとぐらい、いいじゃない」 呆れたように茜がなだめる。ここまでがいつもお決まりの会話だった。 「仕方ないなー、ちょっとだけだぞ」 とか言いながら、缶蹴りに参加する隆二が、気づいたら大人げなく熱中しているのも、いつものことだった。茜はいつもそれを少し離れたところに座り、微笑んで眺めていた。 ここまではいつものこと。 違うのは、遊んでいる最中に聞こえた小さな小さなうめき声と、何かの倒れるような音。 嫌な予感がして振り返る。 「っ、茜!」 胸の辺りをおさえて、茜が身を丸めていた。 慌てて駆け寄り、体を支える。苦しそうに歪められた顔。子ども達もそれに気づくと集まって来た。 「発作だ」 と言ったのは、どの子どもだったか。 「発作?」 「茜ねーちゃん、心臓弱いって先生が」 「薬は? 持ってないの?」 茜の右手には小さな箱が握られていた。 「飲んだ、から、へいき」 小さなかすれるような声。どこが平気だと言うのか。 一条家は体が弱くて、葵も茜も。だから、先生のところに定期的に通っているのは、ただの世間話ではなかったのか。そもそも最初から主治医と言っていたじゃないか。今更ながらにそんなことに気づいた。自分の迂闊さを呪う。 真っ白い顔。 「少し、我慢しろ」 その頬を軽く撫で、そっと抱え上げた。 「隆二兄ちゃん、どうするの?」 「先生んとこ」 端的に答えると、持ち前の人並みはずれた身体能力で、あっという間に土手からその姿を消した。 「……はえー」 残された子どもが、小さく呟いた。 こんなに目立つことをして、化け物だということがバレて、村から居られなくなるんじゃないか。いつもなら思うことも、そのときは思わなかった。それどころじゃなかった。茜が茜を茜の。茜のことが心配だった。どうにかして助けて欲しかった。 一人、残されたくなかった。 |