間幕劇 猫と彼女のその後


「子猫だから、抵抗力が弱かったんだ」
「……うん」
「だから、茜が悪かった訳じゃない」
「……うん」
「今度はきっと、元気に生まれてくるさ」
「……うん」
「だから、……もう泣くなよ」
 今度は、彼女は答えなかった。子猫を埋めたその土の山の前に座り込み、彼女は泣いていた。
 彼はどうすればいいのかわからずに、彼女の後ろに立っていた。
「……茜」
「……わかっているけど、でも。でも、やっぱりもっと他に何かが出来たのじゃないかと思うから。それにまだ、……まだ、名前すら付けてあげていないのに」
 そのまま膝を抱える。
「……生き物は、いつか死して逝くものだ。自然の理なんだ」
「だから、諦めろというの!!」
 彼女は振り返り、彼に向かって怒鳴る。
 彼はいつもよりも眉を少し下げ、小さく諦めたように微笑んだ。ゆっくりと首を横に振る。
「違う。だから、黙って送ってやれって言いたいんだ。……それは、自然なことなんだから」
 彼が言外に含んだ意味に気づき、彼女は結局、口を閉じた。
 そして、すすり泣きだけが響く。

 少し経ってから、彼は言った。ためらって、言葉を選びながら
「なぁ、茜。……少しだけわかったぞ。懐かれるとかわいいっていう意味が」
「……うん」
「もっと勉強して、今度は救えるようにしような」
「……うん」
「……ほら、風邪引くから戻るぞ」
 そういうと片手を差し出す。彼女は素直にそれにつかまり、立ち上がる。彼女の手を引きながら、彼はゆっくり歩き出す。

「……隆二」
「なんだ?」
 振り返ることなく彼は返事をする。彼女は少しためらいながら、けれどもしっかりとした口調で言った。
「……もし、私があの子みたいになったときは、黙って見送ってね」
 彼は黙っていた。
 そして、しばらく経ってから一つだけ呟いた。
「二度と、そんなこと言うな」
 体の奥から吐き出したような声でそれだけ言うと、あとは黙って歩く。
 彼女は微笑み、彼の背中に額を押しつけた。


 そして、彼は嘘をついた。少し、行きたいところがあるんだ。
 そう言った彼に、彼女は言った。
「待っています。私はずっと此処で待っています」
 彼は帰ると約束した。けれど、帰らなかった。

 彼が、たった一度だけその土地に戻ったときには、彼女はもう土の中だった。