さよなら、と自分は言った。 そうやっていった自分を、彼はひきとめてくれた。彼はそのとき、怒っていた。 あんな風に怒ってもらったのも初めてだなぁ、と思う。 怒ってまで自分を引き留めてくれただなんて、考えてみればとても嬉しいことじゃないか。 そう、だからあたしは彼のところに帰らなくちゃ。 そうして、恩返しとお詫びをしなくちゃならないんだもの。恩返しとお詫びが出来るなんて、なんて素敵なことなんだろう。 彼はそうやって、あたしに居場所を提供してくれる。 ……でも、どうして、どうして、急に体が動かなくなってしまったんだろう。この先で隆二が待っていてくれているのに、 はやく帰らなくちゃ……。 だから、ねぇ、隆二。 行かないで。 待っていて。 お願いだから、あたしを置いていかないで! マオがうっすらと目を開けたとき、最初にうつったのは、あの赤いソファーにもたれてとてもつまらなさそうな顔で本を読む隆二だった。 『……隆二?』 夢かも知れないと思って声をかける。 だって、どうして彼が自分の目の前にいるのだろうか? 隆二は目を開けたマオに気づくと、つまらなさそうな顔はそのままで言った。 「おはよう、マオ。いや、もうおはようじゃないか?」 時計に視線を移した隆二はどうでもよさそうな声でそういう。 視線をそれに移したら、午後一時をさしていた。 「大丈夫か? なんかお嬢ちゃんに変な銃で撃たれていたが」 隆二はまたつまらなさそうな顔のまま、マオに尋ねる。 その顔がわずかに心配そうにゆがめられているなんていうのは、自分の都合のいい思いこみだろうか? 自分の置かれた状況を確認する。視界に入る赤。マオの大好きな、隆二の家の、赤いソファー。 少し混乱している記憶を整理する。 そうだ、あのとき自分は撃たれて……、そして、どうして今、隆二の家にいるんだろう? その間に一体何があったのだろう? 『……隆二、あれから何があったの?』 「死闘の末、全員を無事気絶させて、とりあえず知り合いに丸投げしてきた」 始終一貫してつまらなさそうにそこまで言うと、隆二は再び視線を本に移す。 ゆっくりと時間をかけてその言葉を理解し、呟いた。 『それじゃぁ……、あたしは』 言ってしまうとそれはまるで消えてしまうかのように、マオはゆっくりと慎重に、問う。 「マオ?」 隆二が本を閉じて、マオを見る。 『あたしは、まだここに居ていいの?』 「ん? ああ」 その台詞に多少面食らったように、隆二が頷く。 「だからなんで駄目だって思う」 隆二はそこまで言って、言葉を切った。 マオの顔が何故か泣きそうなぐらい歪んでいたから。 どうしたのだろうか? また自分は何か、まずいことを言ってしまったのだろうか? また何か、彼女を泣かせるようなことを言ってしまったのだろうか? そう思った次の瞬間には、隆二はマオに抱きつかれていた。 『ありがとう』 ほとんどすすり泣くかのような声でマオは言う。 『ありがとう。守ってくれて、助けてくれて、待っていてくれて』 小さな声で、何度も何度もマオは呟く。 「……別に」 そういうものの、自分はなんだか酷く優しそうな声をしていると思った。無意識のうちに、マオの頭を撫でていた。 『だけど、ありがとう。もう、迷ったりしないから。もう二度と、消えることを選択したりしないから。存在を維持していくためならば、どんなことでもする覚悟だから』 隆二の肩に顔をおしつけるようにしているからマオがどんな顔をしているのかわからない。少し顔を動かせば分かることではあるが、何故か隆二はそうする気が起きなかった。 『だから、ずっと、ずっとここに置いていて。あたしが、何か出来ることがみつかるまで。……できれば、見つかってからも。お願い……』 「ああ。むしろ、それは俺のほうからもお願いしたいな。きっと、人生が愉快そうだ」 少し笑いながらそういうと、マオも顔をあげて小さく笑った。 それから、隆二の姿を見る。あちらこちらに傷痕があり、包帯の巻かれた体。 『……痛い?』 「いいや。……すぐに治るさ」 安心させるように微笑む。自然とそう答えていた。 『……あの人、また、来るかな?』 「いや、それについてはまた別の」 ピーンポーン。 隆二の言葉を遮るようにチャイムがなる。 マオがおびえたように隆二を見る。慌てるマオを片手で制す。 「大丈夫。多分、解決編のはじまりだから」 そうして笑ってみせると、玄関に向かう。 ドアをあけ、そこに立っている人を見ると口元に笑みを浮かべた。ほらやっぱり。 「昨日はどうも」 「いいえ、こちらこそ」 昨日、倉庫に来た男性が笑っていた。 |