エミリは憤慨していた。 G016に逃げられただけじゃない。 探していたら、見知らぬ大学生ぐらいの男性に声をかけられた。いつものことだと無視しようとしたら、 「あの、神山って人からの伝言なんですけど」 その男性はこともあろうか、そう言ったのだ。 曰く、廃工場に来い、と。 一体何様のつもりなのか。 どうせ先回りして何か仕掛けるつもりなのだろう。こっちだってそれぐらいわかる。いつまでもお嬢ちゃん、じゃないのだ。 荒々しく足音を立てながらエミリは廃工場に向かった。 「G016!!!」 これ見よがしにシャッターが開けられた廃工場。 無人のように見える中に向かって、エミリは叫んだ。 「いるんでしょうっ、出て来なさいっ!」 返事はない。 気配もない。 もとより、居るのは不死者と幽霊だ。気配なんて感じられなくて当たり前だ。 銃を構えたまま、中に入って行く。 薄暗い。 ゆっくりと、進む。 中の物はすべて撤去されたあとらしい。がらん、としている。 部屋の真ん中まで来た。 「神山隆二っ!」 吠えるように名前を呼ぶと、 「はいはーい」 かるーく返事が返って来た。 声がした方を見る。見上げる。上。 落下してくる影。 高い天井に掴まっていたのか、と思った時には遅かった。 真上から降りて来た隆二に組み敷かれた。 「ぐっ」 「駄目ー」 銃を持った右手も軽々と捻られる。掌から転がり落ちた銃は、隆二のズボン、尻ポケットに入れられた。 「暴発すればいいのに」 苦し紛れに呟くと、 「ここで暴発したところで嬢ちゃんの不利に変わりはない」 隆二が笑った、ような気がした。 顔が見えない。 「……頭を撃てばしばらくは動けないでしょう、と言ったのは私でしたね」 フルフェイスのヘルメット。 「どこで手に入れたんですか? 盗品?」 「失礼な。借りたんだよ。知らない人に。未承諾だけど」 「それを盗品というのです」 吐き捨てるように告げる。 何度か脱出を試みるが、常人離れした力には勝てない。 視界に、ふよふよと上空を浮かぶマオの姿。なんでそんなに眉根を寄せているのか。泣きそうな顔をしているのか。泣きたいのは、こちらだ。 「降参、してくんない?」 隆二の声。 泣きたいのはこちらだ。でも、泣かない。 「嫌です」 エミリはきっぱりとそう告げると、少しだけ口角をあげた。 そして、 「今です!」 叫んだ。 ほぼ同時に、隆二はエミリから飛び退く。不穏なものを感じて。 マオの手を掴むと、そのまま頭を抱え込んだ。 いくつかの銃声。 それから衝撃。 隆二は小さくうめく。 何か高い音が響く。とても近くから。 五月蝿いな、なんだこれ。そんなに騒ぐな。 『隆二っ、隆二ぃ!』 「……へーき」 腕の中、悲鳴のように名前を呼ぶマオの頭を撫でる。 『りゅーじっ』 マオの頭をすり抜けて、赤い雫が落ちる。 赤い水たまりが出来る。 なんだこれ、雨漏り? なんて、一瞬、脳が事態を理解するのを拒否する。 これまた無様に、喰らったものだ。 『隆二っ』 「だいじょうぶ」 喋ると同時にこみ上げて来た塊を飲み込む。 「ヘルメットは英断でしたね」 エミリの言葉に振り返る。 エミリの後ろ、入り口に立つ三つの人影。 「……増援部隊、ってやつ?」 かすれた声で尋ねると、エミリは頷いた。 乾いた笑いが漏れる。 「……やばいなぁ、平和ボケ?」 エミリはいつも一人で行動しているから忘れていた。彼らは組織なのだと。 エミリが近づいてくる。後ろの影は構えたまま。 被っていたヘルメットを脱ぐと、エミリに向かって投げつける。常人離れした力で投げられたソレは、エミリの足元に叩き付けられ、その形を歪ませた。借り物だけど、ごめん持ち主。 そのままなんとか後退し、距離をとる。増援部隊が撃った弾が足に当たったのはご愛嬌だ。今更足に一発当たったところで、何かが変わる訳じゃない。マオの悲鳴があがるだけだ。 エミリから奪った銃を構えてみせる。 『隆二ぃ』 クリアになった視界に、マオの泣き顔がうつる。 「……泣かなくて、いいから」 安心させるように微笑んでみせる。 でもマオの表情は変わらない。 被害状況を確認するのが憂鬱になる。 治って来た箇所もあるが、さっきまで居た場所にできた赤いみずたまり。あんまりきちんと見たくはない。 それにしても、ヘルメット、やっぱり被ったままにしとけばよかったかな。銃を構えたままの人影を見て思う。 マオを背中に隠すようにして、エミリと対峙する。 「銃、撃ったことありませんよね? 降参、しますか?」 エミリが尋ねてくる。 体の処理が追いつかない。それでも笑ってみせる。 「誰がそんなこと」 『待って!』 マオが叫んだ。隆二の言葉を遮るように。 隆二は視線を背後に動かす。 エミリは黙って動かない。 マオは隆二を庇うように両手を広げて彼の前に立つ。 『あたし、行くから。だからもうやめて』 「……マオ?」 血と一緒に、言葉がこぼれ落ちる。 何を、言っている? 『いいよ、もう』 マオは振り返ると小さく微笑んだ。口元は笑みをかたどっているが、目元はまったくその反対で、その顔はやけに頭にきた。 それは神山隆二の大嫌いな表情だった。 もう、どうでもいいと全てを諦めた者の顔。 昔、自分と仲間達が嫌というほどした顔。 なんで、そんな顔をしている? なにがそんな顔をさせている? どうしてそんな顔をしている? そして、マオのその顔は嘗て愛した、今でも一番大切な女性の唯一認められなかった表情に似ていて、 「しょうがないよ、双子は忌み嫌われるものだから」 一瞬、だぶった。 そんな顔は見たくなかったから、必死に道化を演じてきた。 そんな顔は見たくなかったから、例え黒い茨の道でも突き進んできた。 そんな顔は見たくなかったから、犠牲の羊になることだって厭わなかった。 そんな顔は見たくなかったから。 今だって、見たくない。 |