「DAM!!」 今日、何度目だろうか? エミリはそう言うと走っている速度を速くした。 周りの人が自分を見ているのに気づいているのかいないのか。異様なまでの集中力で、周りを自分の視野からシャットアウトしている気がする。 金髪碧眼で真っ赤なまるで鼓笛隊のような服を着た少女と、20代前半ぐらいに見えるであろう、やる気のなさそうな青年が一緒になって走っている図というのはかなり奇妙なものであろう。いや、もしかしたら怪しい人の部類にはいるかも知れない。自分が通行人だったならば、あまりというか絶対、お近づきになりたくない。 そう考えて隆二は、今日何度目かのため息をついた。 「何やってんだろうなぁ、俺」 小さく呟いて我が身を嘆き、少し速度を速めた。エミリの隣に並んで話しかける。 「ところで、あんた達はどういう目的でマオを造ったんだ?」 「不老不死です」 「不老不死?」 眉をひそめる。 「なんだ、まだやってたのか、あんたら。いい加減懲りろよ」 「……怒っていらっしゃいますか?」 「いいや」 怒ってはいない。ばかにしているというべきであろう。人間ってなんて進歩が無いんだろう。まだ、それを望んでいるなんて。年もとらずに死ねないということがどういうことだか、実際に不老不死になってみないとわからないだろう。だが、想像することぐらい出来るだろ? 自分の友人や恋人がどんどん年をとっていき死んでいくのをただ見ていることしか出来ない。きっと、それを望んでいる連中はなってから後悔するだろう。不死者はそう思ったが、口には出さなかった。 今更言ったって無意味だから。別にそれを自ら望んだ赤の他人が、後から後悔しても彼にとっては株価が昨日よりも上がったのと同じ程度のことだ――気にはするけど、すぐ忘れる。 代わりに再び質問をする。 「なんたって、未だにそれを?」 赤信号に引っかかり、立ち止まる。 あがりかけた息を整える。かれこれ一時間近く走っているのにあまり息が上がっていないのはさすがとしかいいようがない。もっとも、隆二にとってこの程度の走りは少し速く歩いた程度のことでしかないが。 そうしながら、エミリは話を続ける。 「今、それなりに日本は平和だと思いませんか?」 「ある意味日本も戦場だと思うが? 新聞で見ていると結構物騒だよな。強盗、殺人、自殺。それに、」 自分を指さしながら自嘲気味に嗤う。 「こんなのも紛れ込んでいる」 けれどもエミリは信号をにらみつけていて、隆二の笑みには気づかなかった。それでいいのかもしれないとも思う。自分でその表情を造っていながら、もしエミリがそれを指摘したらどういう態度に出ればいいのかわからなかった。 「それでも、一応戦争というものはありません」 隆二はふと、「それなりに」や「一応」という言葉にエミリが重点を置いていることに気づいた。彼女自身はあまり平和だと思っていないのだろう。 「医学も発展して、平均寿命というのものびています。それは、日本以外の多くの大国にも当てはまります」 信号が青になり、再びエミリは走り出した。 その後を少し遅れてついていく。 「財産というのも、平均して暮らすのに困らない程度あります。聞いた話によると、贅沢を望まなければアルバイトでもそれなりに食べていけるそうですね?」 自分の方を見るのは、同意を求めているからだと気づくのに少し時間がかかった。確かに隆二はアルバイターだが、「食べていく」という概念が薄いので失念していた。 「そうだな。とりあえず、家賃と光熱費は払えている」 「一部の多くの財産を持つ者は、お金を払って買えるものはほとんど手に入れてしまい、別の新しい何かを願っています」 「それが不老不死?」 「ええ」 エミリは、頭から落ちそうになった赤い帽子を押さえる。 「なるほどね。一生遊んで暮らせる以上の金があるやつなんかはもったいないと思うわけだ。一生遊んで暮らしても余ってしまうわけだし、実際一生遊んで暮らすのもなかなか難しいというか、辛いしな」 「みたいですね。よくわかりませんが」 苦々しげなエミリのその言葉に思わず唇がゆるむ。なんだかんだいってこの少女はまっとうな人間だと思う。多少は変な価値観や正義感に捕らわれているが、それはあの研究所にいる人間の大半に当てはまるだろうし、成長するにつれてきっと変わっていくだろう。 どこかで感情の一部を無くした自分とは違う。 「それで、不老不死と幽霊にどんな関係があるんだ? 不老不死になりたければ、俺みたいになればいいだけだろう? それとも、研究所にはもう、俺たちを造ったときの資料は残っていないのか?」 「資料は残っています。それがなければ、私たちがあなた方を知ることは無かったのですから」 鬱陶しいと思ったのか、赤い帽子を丸めて鞄の中に押し込む。 「しわになるぞ」 「構いません。それで先ほどの質問ですが、その『お金持ち達』は自分達の肉体が改造されることは拒んでいます。不老不死にはなりたいが、もしかしたら途中で死にたくなるかも知れない。そのときに頭や胸を貫かれなければ死ねないと言うのは嫌だ」 「わがまま」 小さく呟いた。確かにどうせ死ぬなら頭や胸を貫かれたりせずに綺麗に死にたいと思うが、何かを得るのに何も失わないつもりなのだろうか? それが出来たら誰も苦労しない。 「それに、貴方のような飛び抜けた身体能力が欲しいというわけでもありません」 再び赤信号。 「どうしてこの辺りはこうも信号が多いのでしょうか」 呟きながらエミリは息を整える。 そして、涼しげな顔で自分の後ろに立っている男を見やる。 「ほら、こうやっていても呼吸一つ乱していない」 隆二は何も言わず、そして何も言えず肩を軽くすくめた。 「ですから、私たちは新しく何かを考える必要に迫られたのです」 「別にわざわざそんなわがままな連中の言うことを聞いてやらなくても、他にやることはあるだろう?」 エミリは隆二を見て小さく嗤った。 「もし私たちが拒絶すれば国際問題に発展しかねませんよ? 一応、研究所は日本にありますが、今は世界各国との共同研究所扱いになっていますから。それに、莫大な研究資金をあなたの言う『わがままな連中』が投資してくださっているので、ご機嫌を損ねるわけにはいきません。他にも色々と、『社会の役に立ちそうな』研究を抱えていますから」 「……面倒だな」 青になった。今度は先ほどよりもゆっくりと走り出す。 「幽霊を造っているのは、不老不死の研究の一環です。というか、最初は幽霊を作るつもりじゃなかったんですよ」 一度こちらに視線を向け、問いかける。 「愚問かもしれませんが、ホムンクルスってご存知ですか?」 「ん、ああ。あれだろ? 錬金術にでてくる人造人間」 「ええ。……その、作り方についてはあんまり女の子としては言いたくないんで省きますが」 少しためらいがちに呟いたその言葉がほほえましくて、思わず口元を緩めてしまう。 人間の精液を、馬糞と共にフラスコに密閉し、四十日間経過すると、この精液は生命を生じる。人間に姿は似ているものの、まだ透明で真の物質ではない。さらに四十週間、人の生き血で養い、一定の温度を保つと、人間の子供と同じように成長する。身体は、女性から生まれた子供よりもずっと小さい。 なんていう作り方を、記憶の中からひっぱりだしてきて考える。花も恥らう乙女に、道端で「馬糞」だの「精液」だの言って欲しくない 「そりゃぁ、そうだろうな。俺も女の子に、それもこんな往来で言って欲しくない。あんまり」 少し笑いの混じった声でそういうと、エミリは照れたように視線をずらした。本当のことを言うと、エミリが恥ずかしがって言わなかったことに少し安堵している。彼女はまだ人間のままで居られていると思ったから。 「それで、ホムンクルスがどうしたって?」 「え、ええ。その、ホムンクルスは自然とあらゆる知識を身につけているが、フラスコの外で生きることはできないっていうのはご存知ですか?」 「そういえば、そんなのだったかも」 「そんなのだったんです。そこで研究班の人間は考えたんです」 「『あらゆる知識を身に付けているならば不老不死についても知っているのではないか?』って?」 「……ご名答」 相変わらず、わかりやすい思考をしている人々だ。隆二は少しばかり苦笑する。 「ですが、やはり実験は失敗した。研究班は肩を落として、もう一度挑戦するかどうか話し合おうとしていた、そのときに気づいたんです。フラスコの近くに幽霊がいることに」 「……。変な風に作用したってことか?」 「おそらく。もし幽霊が死んだ人間の魂だという説を信じるならば、死んだホムンクルスの霊だったんだと思います。そして、一応それで落ち着いています。ただ、これでも我々は一応科学者なので、科学的に証明できないことは信じていないのですが」 「……ふーん」 まぁ、確かに、科学者か否かと聞かれたら科学者だろう。人の脳や内臓に手を加えて不死者をつくるぐらいなんだから。 それに、病気の特効薬の発明とか新しい機械の製造とかに、実はこの研究所は関わっている。非人道的なことも行っているので、決して表沙汰にはならないが。 「なんか、失礼なこと考えていません?」 顔に出ていたらしい。不機嫌そうな顔をされた。 「いやいやまさかそんなことないよ」 答える自分も白々しい。エミリは信じていなそうな顔をしてこちらをみてから、立ち止まった。 「……駄目。ギブアップ」 壁に背をあずけエミリは言った。 「まだ何も感じませんか?」 「いいや。もしかしたら遠ざかっているのかも知れないな」 うそは言ってない。確かにまだ何もマオの気配は感じない。ただ、エミリと違い隆二はそれに安堵しているわけなのだが。 「……G016をかばっているわけではありませんよね?」 エミリがじっと睨みながら言う。 「疑うなら帰るぞ」 なかなか鋭い。五ヶ月も一緒にいたならば、情が移っていると考えているのかも知れない。確かにその通りなのだが。 「すみませんでした」 エミリは素直に謝った。疑いが晴れたかどうかはわからないが。 「話の続きですが、幽霊というのは不老不死です。肉体がないのだから当たり前なのですが。それでホムンクルスの研究を進める一方で、幽霊についての研究もはじめました。それがG016達です。人がものを認識するのは、ものが光を反射するからなのは当然ご存知ですよね?」 一つ頷く。 「ならば、その光の反射をあやつることが出来たならば、存在しないものをさも存在しているようにみせかけることも、逆に存在しているものを見えなくすることも可能なわけです。理論上は。G016達はその光をあやつって作ったとされています」 「そういうものかね?」 「が……、正直私は嘘だと思っています」 重要なことをやけにさらりとあっけらかんと言われて、一瞬聞き逃しそうになった。 「え?」 「実は派遣執行官である私には詳しいことは説明されていませんし、詳しい理論やなにやらはまったくといっていいほどわかりません。説明されても、正直、理解できるかどうかさえも怪しいですし……。研究班もそれを理解しているのでしょう、余計なことまでこちらに語ってきません。ですから、平気で研究班は嘘をつくんです。秘密保持のために」 そういってエミリは肩をすくめた。 「……あんた、今随分なことを言ったな……」 「そうですか? まぁ、組織なんてそんなものです」 まさか十八歳の小娘に組織について語られるとは思っても見なかった。 エミリはそんな隆二の気持ちなど気にするそぶりもみせず、何度か足を屈伸させ、 「それじゃぁ、また走りますか」 苦笑交じりにそういうと走り出そうとしたその背中に、ずっと疑問だったことを投げかける。 「それはそうと、前にマオが逃げたときもこんな風にばかみたいに走り回ったのか?」 するとエミリは隆二が思っていたのと、まったく違う反応をした。 隆二の顔をじっと見ていたかと思うと、今度は隆二を指さし、口をぱくぱく開け閉めした。 「人を指さすな」 エミリの手をどかすと、エミリはそれを頭にやりかきむしった。 「なんてことなのよっ!」 道行く人の視線が二人に集まる。 その視線は無視することにして隆二はエミリに話しかける。 「どうした? ……まさか、探知機とかそういうものがあるのに忘れていました、とか言う気じゃないだろうな」 そうやっていうとエミリはしばらく視線をさまよわせた後、頭を下げた。 「すみません、そのまさかです!」 勢いよく下げた頭と一緒に金髪も揺れる。 「ごめんなさい、余計な手間をとらせてしまって」 「いいから」 そうやってエミリの顔を上げさせる。 「確かに無駄骨だったが、まぁ聞きたいことは聞けたし、構わないさ。そんなことよりもマオが何処にいるか、分かるんだろ?」 それは割とまずい展開だよなぁと考えながらも表面には決して出さない。 「え、あ、そうですね」 エミリは慌てて鞄を探り、携帯電話のようなものを取り出した。 「ただ、これは研究班がG016が逃げたときに慌てて造ったもので、あまり性能は良くないんです。そのせいで、探すのにこんなにも時間がかかってしまいましたし」 そうか、と頷きながら上手くマオがこれに映らないところまで逃げているといいと思う。エミリは何かボタンをピコピコ押している。 「感度は?」 「あまり良くないです。まず広い範囲でざっと探して、そのあとちまちまと探すしかありません」 エミリはそういってから隆二を見て薄く微笑んだ。 「貴方の能力に広域探索を加えただけのようなものです。それでも私のようなただの人間にはありがたいものなのですが」 何か結果が出たらしい。エミリはしばらく画面を睨むようにしていたが、やがてそれを閉じてしまった。のぞき込む隙もありゃしない。 「私たちが探していたのとまったく正反対の方へ逃げていたみたいですね」 エミリはそう言うとまた走り出す準備をする。 「また、つきあわせることになりますが……。それとも、もう帰りますか? ここからならば私一人でもどうにかなりますし」 隆二はどちらが得策か少し考えてから、首を横に振った。 「俺も一緒に行く。乗りかかった船」 「そうですか」 エミリは頷くと走り出した。その後を追いかける。 走りながら思っていた。どうかマオがどんどん遠くに逃げて、みつからないように。 久しぶりに神がいないことを呪いたくなった。 |
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