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第四幕 捨て猫の元の飼い主 |
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その少女が現れたのは、マオが隆二の家に居座りバタバタとした、それでもおおむね平和な日々を過ごして五ヶ月ほどたってからだった。
その日、バイトから帰ってくると、アパートの入り口に少女が腕を組んで立っていた。それを見つけたとき、隆二は自分でもなんだかわからない種類のため息をついた。隆二と少女を交互に見て、マオが問いかける。 『知り合い?』 「顔を知っているという意味ならば」 マオの問いに頷く。それにしてもあのお嬢ちゃんは本当に目立つ。金髪碧眼の美少女が赤い鼓笛隊のような服を着ていれば否が応でも目立つ。比較的人通りの少ない場所であることを誰だかわからないが感謝しつつ、歩みを早める。 『あの子、外人?』 「クォーター」 とはいうものの、イギリス人だったという少女の祖父とは会ったことがない。祖母とはあったが、なかなかきれいな人だった。 『それで、どういう……、』 マオがそこで口をつぐんだ。ちょうど、少女が二人に気づいたときだった。顔をあげた少女は、二人をまっすぐ見つめてきた。 『りゅ、隆二! 帰るの、やめましょう!』 妙に焦ったような声をだす。 「は?」 『ねぇ、一度町に戻りましょ、ねぇっ!!』 少女はもたれていた壁から背中を離し、二人にむかって歩いてくる。 「何を言って……、」 振り返る。マオは隆二の背中に隠れるようにしていた。 『お願いっ! あの人には、会いたくない!』
マオが叫んだのと、少女が隆二の目を見据えてきたのは同時だった。
少女は隆二の目を見上げるようにして見据え、淡々と言う。 「お久しぶりです」 「一年、いや二年ぶりぐらいか? 偉く美人になったじゃないか。祓い屋のお嬢ちゃん」 マオのことも気になるが、とりあえず隆二はそう軽口を叩く。 「派遣執行官です。何度言えばわかるのですか?」 顔色を変えることなく少女は言った。少女が表情を変えないのはいつものことだが。むしろ変えたときがやばいと、隆二は知っている。大人しいやつほど切れると怖い。 「はいはい、それで今日は何の用だ?」 子どもをあやすような隆二の言葉に、少女は一度不愉快そうな顔をしたが、すぐにそれをひっこめ、元の無表情に戻す。 「あなたに用はありません。用があるのはそれです」 少女の視線は隆二の背後、マオにそそがれていた。 マオの手が、隆二の手を握る。 「マオ?」 振り返る。 「帰りますよ」 少女はマオへと言う。 『知らない!』 マオは一度呟き、それから大声で何度も繰り返した。 『知らない! 知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない! 貴方なんか、知らない!』 首を何度も横に振りながら、子どものように隆二の陰に隠れ、ふるえていた。何か恐ろしいものにおびえるかのように、迷子の子どものように。 デジャ・ヴュ。
「母さん、どうして僕を……」
かつての自分に重なったその様子に、なんと言えばいいのかわからなかった。 「おい、まさか……、」 かろうじて吐き出すことの出来た声は、自分のものとは思えないぐらいかすれていた。 「まさか、マオはあんたらの……」 我ながら虚ろだといえる目で救いを求めるように少女を見る。少女は淡々と言葉を返す。 「それは私たちの研究所から逃げ出した、実験体ナンバーG016です」 「……そういうことかよ」 ため息と舌打ちの混じった言葉を吐く。だが、これで色々と説明が付く。 上着のポケットに入れっぱなしにしていた煙草に気づき、ゆっくりと火をつける。禁煙はわずか二ヶ月で破れてしまったな、と苦笑する。この煙草で少しは自分の動揺が静まればいいと願う。 数秒の沈黙の後、隆二が問いかける。 「それで、用件って言うのはこいつの奪還か?」 「はい」 「その後、どうする?」 「それは私の知るところではありません。しかしながら、捕まえられなかった場合は始末もありだと言われました」 マオの手に力がこもるのを感じ、隆二は眉をひそめた。 「ただ、私としては貴方と争いたくはありません。貴方は私たちにとって貴重なサンプルであり、また貴重な協力者でもありますから」 「同感だ。だが、人にものを頼むのに手ぶらっていうのはな」 息を吐く。煙が揺れる。 「まさか、G016が逃げ込んでいるのが貴方のところだとは思いませんでしたので。何をお望みですか?」 「新しい身分証明書。今のはさすがに、見た目と証明書の生年月日に無理が出てきたんでな」 「わかりました。準備が出来次第また伺います」 少女は一礼すると、立ち去った。その間際に、ちらりとマオに向けた目は酷く冷たいものだった。
少女の後ろ姿が見えなくなると、マオはゆっくりと手を離し、それから呟いた。 『あたしは、あんな人……知らない』 「……そうか」 振り返り、もう一度、今度は隆二から手を握る。マオは驚いたように隆二の顔を見る。 「部屋に戻ろう。話がある」 |
up date=2004
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