第三幕 怪音波出す猫の手懐け方

 道の真ん中で、頬を叩かれたことはあるだろうか? 道の真ん中で、「人でなし」とののしられたことはあるだろうか?
 あったらあんまりいい人生は送れていないのだろうなぁ、と叩かれて痛む頬を押さえながら隆二は思った。

 今から数分前のこと。
 ばしん!!
「人でなし!!」
 実にいい音がしで頬を叩かれ、その後に女の高い声が響く。どうしてああも女の声は響くのか分からない。不愉快だ。
「あんたなんか知らない!!」
 女はそういうと、泣きながらばたばたといずこへか走っていく。それを黙って見送りながら、突き刺さる視線と叩かれた頬の痛みに耐える。そして、これが今月に入ってから数回目なことにため息をついた。最近、いつか後ろから刺されるのではないかと本気で思っている。
 これというのもマオがいった方法を実践し続けた結果であり、どう考えても悪いのはマオである。
 今日叩かれたのは出来ればもうあいたくないと言うことをあくまで遠回しに、かつ紳士的に言ったところ叩かれた。
 バイト先で聞いた話によると、最近一部の間では、神山隆二=女をとっかえひっかえする悪い男になっているらしい。その一部というのがどこなのか非常に気になる。あまり目立ったことはしたくはないのだし、何かもっといい方法を考えなければ。
 それにしても、そんな噂が流れているのにひっかかる人がいる辺り、世の中というのは不思議で、都合良くできている。良くも悪くも。
 それにしたってこちらは別に、友達のつもりでいたわけでもなく、ましてや恋人のつもりでいたわけでもなかったのに、勝手に誤解して勝手に傷ついたあげく、頬を叩いて「ひとでなし」。なんて世の中なんだろうか?
 隆二がため息混じりにそう言うとマオはくすくすと笑い、言った。
『本当、隆二は人で「なし」ね』
 マオはこの言葉が気に入っている。曰く、『あら、だって言い得て妙じゃない?人で「ない」んだから』そうしてことあるごとに使っている。まるで子どもがお気に入りのおもちゃを与えられたみたいに。

 それにしても。ショーウィンドウで頬の赤みが薄れていることを確認しながら隆二は心の中で呟いた。飼い猫に餌を与えるぐらいでこんな目に遭うなんて、なんてリスクが大きいんだ。その分得るものは少ないし。それでも、それは飼い主の役目なのだが。
 まだわずかに赤い頬をした自分が、やけに間抜けに見えて、彼は一つため息をついた。

up date=2004