「聞きたいことがある」 隆二がそう言ったのは、マオに出会って二日目の昼だった。初日はマオがあれっきり部屋から出てこなかったため、話し合いは断念していた。 『聞きたいこと?』 テーブルの上に腰をかけながら、マオは首を傾げる。隆二は一つ頷くと、見るつもりもなかったテレビを今度こそ消した。中途半端なところで笑い声がシャットアウト。部屋に静けさが戻ってくる。 「マオが喰らうという人間の『精気』は、本来は多少とったところで死にはしない。幼い子どもや老人、病人ならば別だが、健康的な一般的に言う大人ならば、少しめまいを起こすか、一日ぐらい寝込むだけだ。そして、マオほどの幽霊ならば、人を殺すほどの『精気』を必要とするとは思えない」 そこで一度言葉を切り、マオの表情を伺う。また怒られるかと思ったが特にこれといって反応はない。 マオは隆二が何を言いたいのかわからない、そんな感じできょとんとしていた。一度息を吸ってから続ける。 「だから正直、人を殺すほど『精気』をとったのはいささかとりすぎではないかと俺は思うんだが」 やけに早口に言い切ったあと、多少身構えてしまう自分が情けない。 しばらくの沈黙の後、マオは肩をすくめていった。悪びれもせずに、さらりと。 『限度がわからないのよ』 それから、こう付け加えた。 『それにね、抵抗されるとついついもらいすぎちゃって』 「ついついって」 呆れて思わずつっこむ。人の死に興味はないとはいえ、『ついつい』で殺された方はたまったものではないだろう。 『だって、あのころはあの人たちが……、』 マオは弁解しようと口を開き、そこまでいった時点で口を閉じた。 『……違う、なんでもない』 そのまま視線を床へと移す。 隆二にはよく分からなかったが、何か失言だったらしい。 「……まぁ、なんでもいいがな。だが、こうも続けて変死体が出るようじゃ感づかれる危険性も否定出来ないぞ?」 『そうね』 マオは気を取り直したように天井を見上げ、人差し指を顎に当てて考え込む。 けれども、それは少しの間だけで、すぐに彼女は顔を隆二に戻して微笑んだ。悪戯っぽい笑みで。 その笑みを見て隆二は思わず、もともと答えが出ていたのに悩んだふりをしていただけではないかと疑ったぐらいだ。 『わかった。隆二が手伝ってくれればいいのよ』 「……なんで俺が」 マオは隆二の正面に立ち、視線をあわせると子どもに言い聞かせるかのようにゆっくりと言った。 『あら、拾った猫の面倒は最後まで見るのでしょう?』 ……言い返せなかった。 そういうわけで、隆二はマオのディナーのウェーターをつとめることになった。非常に不本意ではあるが。 蛇足だが、隆二の楽しみは実はコーヒーを飲むことだったりする。食べる必要性がないから、ついつい食べることを忘れてしまうのだが、人の世界で暮らしていくのにおいて、それでは色々問題がある。だから、コーヒーと煙草の習慣だけはつけている。昔の知り合いがコーヒー人間でことあるごとに飲まされ、煙草は別の知り合いに無理矢理吸わされたのがきっかけだった。今更ながら受け身な生活をしてきたものだ。 「そんなこといったって、女の知り合いなんていないぞ」 他に何も浮かばない場合は、例えどんな愚策と思えるものでも実行すべきである。……きっと。 |
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