私の生活の場は主に3つで構成されている。
 自宅、大学、それからバイト先。
 それ以外の場所にはめったに足を伸ばさないし、たとえ伸ばしたとしても、それは一時的なもので生活の場と呼ぶのには抵抗がある。
 だから、私の生活の場は主に3つで構成されている。

 ……訂正しよう。私の生活の場は主に3つで構成されていた。

 これら3つは、生活の場として適しているといえよう。
 自宅はもちろん落ち着ける、失いがたいものである。些か親が口煩いと思うこともあるが、仕方が無いといえば仕方が無いことだ。親は子どもに対して責任があるのだから、その子どもの生活はきちんと見つめていなければならない。
 それに、他人が言うには私が一人っ子で一人娘で、親は特に心配なのだそうだ。だから、過保護なまでに私を見守っている。
 小さいころは恩着せがましい親の言い分に「誰が生んで欲しいと頼んだ」と子どもっぽい論理で反抗したものだ。無論、生んで欲しいと頼んだ記憶なんて今でもないが、それでも私は両親に尊敬している。親の義務を果たさない人間だっているこの世の中で、多少押し付けがましいが義務を果たしているのだから。
 そう思うようになったのは、私が大人になったからなのか、それともすさんでしまったからなのかはわからないが。

 次に、大学。
 今年で3年生になった。今まで浪人、留年することなくやってこれてよかったと思っている。私の周りには単位を落とした人間がごろごろいるから。もっとも、彼女たちは出席日数が足りなかっただけだが。
 偏差値で見るならば標準よりもやや高い、普通の大学。そこの法学部に所属している。
 特にこれといった立派な理由があるわけではないが、弁護士に憧れているからだ。六法全書や法律関係の言葉をみると心が躍る。そんなとき、ここは確かに私が居る場所なのだと、確認する。認識する。
 もっとも、小さいころから学校は嫌いではなかった。時々、人間関係がわずらわしいと感じることもあったが、授業だけは好きだった。いや、運動神経や美術的なセンスは持ち合わせていなかったので、体育や美術科目は大嫌いだったが。
 それでも、机に座って勉強するという行為は好きだった。知的好奇心が満たされことはとても心地よい。去年は落ちてしまったが、今年こそは行政書士の資格をとりたいと思っている。無目的ともいえる勉強よりも、目的のある勉強の方がやりやすいのは当然のこと。英検と漢検は無論、文検と数検、それから危険物取り扱いと秘書検を持っている。そういった資格をとることは、達成したという幸福感がある。さすがに、行政書士を受け始めてからは闇雲にうけることはやめたが、資格マニアというものかもしれない。
 友人はそんな私を変わっているというが、私に言わせればただ無目的に遊び歩いている彼女たちの方が変わっている。自分の将来に不安を感じたりしないのだろうか?
 私は不安だ。不安で不安でしょうがない。自分が弁護士になれなかったら、なんて想像しただけで泣けてきそう。法廷に立っていない自分を想像できない。でも、弁護士にすんなりなれるとも思わない。将来のことを考えて、無闇に不安になることもある。みんな、そんなに自分に自信があるのだろうか?

 バイト先。
 喫茶店でアルバイトしている。個人経営のお店ではなく、関東チェーンの喫茶店。
 メニューには安っぽい業務用のコーヒーや紅茶、それかジュースが数種とケーキがある。
 駅前にあるのでそこそこ混むけれども、大抵暇で、時給が850円というのはなかなかいい職場だと思っている。
 職場の人は皆いい人ばかりで面白い。ふざけた話もするが、真面目な話も出来る人は、私はとても好きだ。閉店が9時半で片づけまでして10時前後には終わるのだが、そこからついつい話が弾んで12時近くになり、親に怒られたことも何度かある。
 彼女たちと話していると夢中になる。時間的感覚がなくなる。
 他愛も無い話も多いし、脱線もよくするけれども、自分の将来について語る彼女たちをとても好ましく思う。目指す方向は私とは違うけれども、夢を持っている人を尊敬する。あの、夢を追いかけて走っている人の顔がすきなのだ。皆が皆、自分のなりたいものになれればいいのに。そんなことになったら社会が破綻することなんて理解しているが、それでもそう思わずにいられない。
 そんな感じのいい人ばかりの店だ。

 ついこの間までは、私の生活の場は主にこの3つで構成されていた。

「よぉ、スィ」
 新條栖唯利。栖唯利と書いてスイリと読む。こんなふざけたような私の名前。
 それを彼はスィと少し語尾をあげて呼ぶ。私はこの呼び方が好き。大好き。彼の低い声は耳になじんでとても心地よい。
「ホーセイ、おはよう」
 雛梨法征。私の大学のOB。但し、3年で中退している。年は私よりも3つ上。今は、探偵なんていうヤクザで社会不適応な仕事をしている。
 そして、そのスウリ探偵事務所が去年、新たに加わった私の生活の場である。
「報告書、作っておいたから」
「ありがとう。助かる」
 時間のあるときだけだが、私はこのスウリ探偵事務所で秘書みたいな仕事をしている。電話の取次ぎや報告書作りぐらいだけれども。

 ホーセイとは、ゼミの先輩の紹介で知り合った。去年、私が行政書士を受けるために、問題で苦しんでいたとき。
「こいつ、今はこんなヤクザな仕事してるけど」
「ヤクザとかいうなよ」
「これでも一応、行政書士の資格はもってるんだぜ? 頭だけはいいから教わるといいよ」
「だけは余計だ。まぁ、でも、よろしく。スイリちゃん」
 そう、そのころはまだ彼は私のことを名前で呼んでいた。
 それが何時の間にか気付いたら「スィ」と呼ぶようになっていて、何時の間にか私は秘書みたいな仕事を始めるようになっていて、何時の間にか付き合っていた。
 惚れたとかはれたとか愛しているとか好きだとか、そんなことをお互いに口にしたことはない。無論、記憶にある限りだが。
 でも、彼が私のことを「スィ」と呼ぶのと同じぐらいの時期に、お互いをお互いに恋人だと認識するようになっていた。
 もっとも、その紹介してくれた先輩に言わせれば「出会ってすぐぐらいから二人は恋人ぽかった」らしいけど。
 好きだとか嫌いだとか愛しているとかいないとか、そういった感情を自分が抱いているのかどうかすらわからない。もともと私は恋愛否定主義者だったから。
 恋愛なんて勘違いと偶然と思い込みで、そして何よりも「男では飯は喰えない」これが私の持論だった。
 だから、弁護士になって自立しようと思っていた。いや、それは今でも思っている。
 でも、時々不安になる。今の私は、「弁護士の仕事」か「ホーセイ」かどちらか一つだけ選べといわれたら、「ホーセイ」を選んでしまいそうで。私が私でなくなるようで、それはとても不安。
 でも、同時に、ホーセイがいるならば自立なんて出来なくていいとも思っている。それはそれで、とても幸せなことなのだから。
 どうして私が、こんなになってしまったのかわからない。今でも。
 でも、多分、彼もきっとそうなんだと思う。こうやって、他人の感情を邪推することは趣味ではないけれども。彼だって、どうして私と付き合っているのかわからないと思う。
 友人達は告白をして、付き合って、そういう流れでやってきているから、私たちの関係をよくわからないという。それは私だって同じこと。  例えば何か、恋人になるまでの決定的なことでもあれば違うのかもしれないけれども。
 でも、これが私たちのスタンスだと思う。そしてそのことに、かすかな優越感を抱いている。他の人たちとは違うのだという、かすかな優越感。

「でさ、ついでにこれもお願いしたいなぁなんて」
 そういって彼は下書きの状態の報告書をちらつかせる。
「はいはい。いつまで?」
「明後日まで」
「じゃぁ、明日持ってくるから」
 万が一こんなものをどこかで落としたら大変なことになる。探偵のようなことをしていて殺された人間だっている。自分でやることは勿論、ホーセイがこの仕事することだって危なっかしいとは思っている。
 でもしょうがないのだ。探偵の仕事をしているときのホーセイはとても嬉しそうで楽しそうで、そんな彼をみていると手助けしなければならない気がしてくる。
 ああ、私は本当に、夢に向かって走る人に弱い。

 私の生活の場は、今は主に4つで構成されている。
 自宅、大学、バイト先、それからここ。スウリ探偵事務所。
 そして私は、ここが一番落ち着く。この部屋が、この椅子が、一番落ち着く。

 でも、最近、違うのではないかと思い始めている。
 ここが一番落ち着くのも、ここが私の生活の場であることも事実だが、それはこのスウリ探偵事務所というビルの一室に限ったことではないのではないかと、そう思い始めている。
 もっと明確に言うならば、この事務所の主ではないかと。
 こんな乙女チックなことをこの私が言うなんて、自分で自分が信じられないけれども、スウリ探偵事務所ではなく、ホーセイが居るところなのではないかと思っている。
 この事務所には、ホーセイの気配とか匂いとかがあふれてて、それに私は安心して居心地のよさを感じているのかもしれない。
 きっと、そうだ。
 何故ならば、このスウリ探偵事務所で感じている安らぎを私は他の場所でも感じるから。
 例えば、大学の大教室。例えば、バイト先のすぐ外。例えば、バイクに乗っているとき。
 ホーセイは大教室にこっそり忍び込んでみたり、私をバイト先まで迎えにきてくれたり、歩いてもすぐつく距離なのに私をバイクに乗せて送ってくれたり、そういうことをよくする。
 そういうとき私は困ったり、あきれたり、苦笑してたりするけれども、でも同時に心地よい安らぎを感じてる。
 それは彼が居るから。それだけで、私は安らぎを得てしまっている。

 私の生活の場は、主に4つで構成されている。
 自宅、大学、バイト先。それから、彼。雛梨法征のいるところ。
 この4つが私の生活を構成している。
 そして、最近ではどんな場所に居ても、彼が8割方を占めている。

 私の内心なんて知らないで、彼は暢気に歌なんて歌っている。最近流行りの洋楽を、大部分誤魔化しながら歌っている。
 彼は英語に滅法弱い。少し音だって外している。アップテンポのラブソング。
 彼は意味がわかって歌っているのかしら?
 わかっているならば随分と罪作り。わかっていなくても。
「You mean "the world" for me!」
 彼の鼻歌がサビに差し掛かる。サビのその部分を私は小さく口ずさんだ。
 大部分を誤魔化していた彼だけれども、そこだけはちゃんと歌った。
 ああ、わかってやっているならなんて酷い人。わかっていなくても。
 彼はまた誤魔化しながら二番と思しきものを歌っている。気持ちよさそうに。

 彼が居ると私の調子が狂わされる。それは、不協和音。でも、どこかとても、心地よい。そんな自己矛盾の不協和音。
 彼は思いっきり歌詞を間違えて歌っている。

 この世界が、私と彼にとって優しいこの世界が、私の世界が、いつまでも崩壊しないで存在しますように。私は祈らずには居られない。

 歌詞の意味は「貴方は私にとって世界を意味するの」
 ねぇ、ホーセイ。
 貴方は私にとって世界そのものなのよ?

 無論そんなこと、口が裂けても言わないけれども。