時々、不安になることがある。
 私と彼の関係が、なんなのかつかめなくて。
 だって、彼はふらふらしていて浮気者だし、笹倉君に言わせれば「あいつが本気の恋愛をするなんて信じられない」だし、私とだって、最初は遊びのつもりだったんだし。
 だから、心配でしょうがない。

「茗ちゃん」
 特にソファー越しに後ろから私に抱き付いてきているこの状況。子供が甘えているようにしか、思えない。
「暑い」
 そういうと、彼はしぶしぶ離れた。
「何読んでんの?」
「ペリィ・メイスン」
「ああ」
 横からタイトルを確認して、彼は頷いた。
「犯人、教えてあげようか」
「いらないし。っていうか、これ読むのは初めてじゃないから」
 なんだ、と彼は膨れる。
 自分がされて嫌なことは人にしないようにしましょう、なんて、彼は小さいころ教わらなかったらしい。
 私が犯人を言うと怒るくせに、私には進んで犯人を教えようとする。
 そう思いながら読み進めて、ある一行でとまった。
 思わず、笑みがこぼれる。
 なるほど、これはいい手かもしれない。
「裁判長の入廷です、全員、起立!」
 私はそう言うと、立ち上がる。
 彼もつられて立ち上がり、
「え、何?」
 きょとんとした顔を私に向ける。
 さぁ、落ち着いて。
 ここは私の土俵。
 着ている物がパジャマですっぴんなのがいかんともしがたいけど、私は襟をただし、いつもそうするみたいに一つ息を吸った。
 勿論今はついてはいなけれども、襟につけている弁護士バッチを想像する。
「証人尋問を始めます」
 彼は子供みたいにあっけにとられた顔をしていた。
 髪の毛からぽたぽたとしずくを落としているところなんか、本当、子供。終わったらちゃんと拭いてあげよう。
「では、証人として渋谷探偵事務所の渋谷慎吾氏を召喚いたします」
 そこまで言って、彼はやっと事態に気付いたのか少し笑った。ああ、また茗ちゃんが何か始めたよ、そんな顔。
 ねぇ、その顔の裏にある、本当の気持ちは一体どうなの?
「証人は名前と職業をおっしゃってください」
「渋谷慎吾……」
 そこで一度とまり、
「自営業? 探偵?」
 ぼそっとつぶやき首をかしげる。
 確かにそれは謎なところだ。
 法廷で探偵というのもおかしな話の気もするし。
 しかし、今はそれは些末でしかないから、私は続ける。
「貴方は良心に従い、真実のみを証言することを誓いますか?」
「はい」
「では」
 私は唇をしめらせて、彼の顔をみた。
「貴方は、本弁護人を……」
 “愛していますか?”
 いいかけてやめる。
「失礼。これじゃぁ、誘導尋問だわ」
 質問として不適切だし、そもそも恥ずかしい。
「……貴方は、本弁護人とはいかなる関係ですか?」
 彼はふっと笑った。
 滅多にしない優しい顔だった。
「恋人ですよ。恋愛関係だ」
「……誓って?」
「勿論ですよ」
 それは、これ以上ない、誓いの言葉だ。
 私にとっては。
 彼は
「何度も言ってるのに、信用ないなぁ俺」
 と呟いた。
「日ごろの行いが悪いからよ」
 私はあきれて返した。
「失礼な。今は、茗ちゃん……失礼。硯弁護士だけですよ?」
 私は肩をすくめた。
 頭に“今は”がつく時点で、自分が信用に値しないことぐらい気付いてもいいんじゃないか。
 でも、私は何も言わないで、当初の予定通り、彼の頭に手を伸ばしてタオルで髪の毛を拭いてあげることにする。
 彼は黙ってそれを受け入れながら、
「反対尋問、いいですか?」
「? どうぞ」
 彼はタオルの下からこちらをみて、微笑んだ。
「弁護人は今の証人の発言を認めますか?」
 私は本の人物を真似て、片手をあげて言った。
「勿論」


誓いの言葉