それはバイト中の出来事だった。
 ごみを捨てようと思い、私は少し重い裏口のドアを開け、少し離れたところでカップルがいちゃついていた。

 しばらく固まり、私はゆっくり音を立てないようにドアをしめた。
「よしっ」
 意味もなく声に出してみる。
 ごみは後で捨てればいい。裏口は裏路地っぽいところの突き当たりにある。つまり、この裏口さえなければ、いちゃつくのには申し分の無いところである。人も来ないし、見えないし。
 ただ難点は、意外とこの裏口を利用する人間が多いということだ。

 まぁ、いちゃついている分にはいいよなぁと思いながら店に戻る。
「どしたの?」
「いえ、いつもの」
 店に出ていた店長に声をかけられて、そういう。
 ああ、と店長は納得がいった顔で頷いた。
「修羅場だったわけじゃないんでしょ?」
「ええ、それは」
 そう、この間は大変だった。
 傷害事件に発展させてもいいような修羅場が繰り広げられていた。流石にあの時は、止めに入った。
 人が来ないのをいいことに、更衣室を覗く下衆な男もよくいる。
 見つけ次第きちんと、警察(幸いにして交番が近い)に突き出しているが。それに比べれば、いちゃついているぐらい何の問題も無い。
 どうしてこちらが気を使わなければならないのかはわからないけれども。
「恋は盲目っていうからねぇ」
「そうですね」
 ごみ箱に新しいごみ袋をかけながらも私は頷く。
 ここのバイトの人間が迷惑しているなんて考えていないのだろう。
 というか、気付いていない。目に入っていない。
 恋は盲目。

 *

 バイトが終わって着替えるときには、流石にさっきのカップルはいなくてほっとした。
「それじゃぁ、お疲れ様でした」
「おつかれー」
 店長と、もう一人の人と別れて歩き出す。
 そういえば、今日はホーセイは来ていないんだなぁと思う。まぁ、あんなバカップルを見た後にホーセイがきていると、自分も恋は盲目のバカップルなんじゃないかという気分に陥るから、来ていない方がありがたいけれども。


 恋は盲目。
 それしか見えなくなる。
 なら、
「やっぱり邪魔なのものなのかしらね」
 鞄の中にある六法全書をそっと撫でて呟いた。
 何か一つに固執して、何かを諦めるなんてそんなこと……、どうしても出来そうにも無いから。
 違う。
 むしろ逆で、私は恋愛を選んでしまいそうで怖いのだ。

 *

 次の日。
 恋は盲目。
 それしか見えなくなる。
 どういうわけか、裏口の前に座っていちゃいちゃと話し込んでいるカップルを見て思う。
 常識が見えなくなる、盲目具合に比べたならば私はまだましなのではないかと。両立できているのではないかと。
「はい、ショー君あーん」
 あーんってなんで君たちはそこでアイスを食べているのかと問いただしたい衝動に駆られる。
 でも下手なことをいって、余計なことに巻き込まれるのは嫌だ。まだ、馬に蹴られて死にたくない。

 さて、どうやってどいてもらおう。
 我ながら皮肉っぽく唇をゆがめて、腕を組んでその二人を睨んだ。