Hot Dram

 昔から、動物は好きだった。
 それから、冬になると温かいものが飲みたくなるのも昔からだ。

 犬を拾った。
 昔から、動物は好きなのだ。
 だけれども、最近ではすっかり動物に嫌われている。猫や犬には幽霊が見える、という話を聞いたことがあるが、それと同じなのだろう。人間じゃないことが、きっと彼らには分かって、だから嫌われてしまうのだろう。
 この、自分の膝の上で毛布にくるまれている犬が逃げようともしないのは、逃げられないからだ。もう、逃げるだけの体力も残っていない。
 助からないだろうな、と思った。
 それでも、家に連れ帰ったのは、最期ぐらい暖かい部屋で迎えるべきだろうと思ったからだ。
 最近、すっかり寒くなってきた。夜は冷える。
 きっと、この子は明日の朝を迎えられないだろう。
 ならば、一晩ぐらい付き合ってもいいだろう。
 不規則な呼吸音。
 寒さを感じなくなったから、部屋には暖房器具なんて置いてない。それでも、風がないだけましだと思ってもらいたい。
 この手はきっと冷たいだろうけれども、撫でる手があるだけましだと思ってもらいたい。
 そう思いながら、もう一枚なけなしの毛布を持ってきてかける。
 立ち上がって、牛乳をお皿に載せる。犬に牛乳っていいんだったけな? と一瞬思うけれども、もうどちらにしろ変わらないだろう、と思った。
 少しだけ温めたそれをこの子の前に置く。
 自分の冷たい手が少しでもあたたかくなるように、飲もうと思って買っていた酒と、温めていたグラスを用意する。
 コーヒーの香りが染み付いた我が家に、少しだけシナモンの香りが部屋に広がる。
 それを持ってもう一度、この子の隣に腰を下ろした。カップを手のひらで覆うようにしてもち、手をあたためて、撫でる。それの繰り返し。
 グラスを傾ける。喉の奥が少し、あたたかくなる。
 酔わないように体内でアルコールを分解して。こんな邪道な飲み方を普通にするようになったのは一体いつからだったろうか?
 ひゅー
 空気がもれるような呼吸音。
 ただ頭を、体を、撫でる。
 
 どれぐらい時間がたったろうか。
 この子は一度、ゆっくりと頭を持ち上げると、こちらを見た。
 少し白く濁った目は、きっと見えていないだろう。それでも、ゆっくりと微笑んでみせる。
 そして、この子はゆっくりと目の前の牛乳を少しだけなめて、またもとのように頭をおろした。
 ひゅー
 空気のもれるような呼吸音。
 ただ頭を、体を、撫でる。
 最期の瞬間ぐらい、こんなどうしようもない不死者相手にでもぬくもりを感じてくれれば、いいと思った。

 とまった呼吸音に、毛布をきちんとかけ直した。
 立ち上がり、もう一度作り直すカクテル。
 いつものむ、コーヒーベースのものとは違う温かい飲み物。
 この子の隣に腰を下ろし、一度頭を軽く撫でた。

 もう少ししたら、この子のお墓をつくってあげよう、と思った。
 泣きはしない。そんなに優しい人間ではない。そもそも、人間ではない。
 だから、代わりにお墓をつくってあげよう、と思った。
 泣きはしない。この子にはきっと、親や兄弟や、友達だっていたかもしれない。
 天国なんて信じているわけではないけれども、それでもこの子はきっとまたその親や兄弟に会えるのだろう。今ではなくても、いつか。
 ならば、泣くのは違うだろうな、と思った。
 それはそれで、幸せなことだと思うのだ。
 その時は、親や兄弟によろしく。できれば、最後にであった変な人間っぽいものは、人間ではないみたいだったけれどもいいやつだった、と伝えてくれると嬉しい。
 それから、俺が前に看取った、友人や拾った猫や犬達にあったら、俺は相変わらずに生活していると伝えて欲しい。
 そして、グラスをかたむける。

 喉の奥をあたたかさだけが通り過ぎた。
up date=2009
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