「知っていると思うけど、わたしは榊原のこと嫌いよ?」
「知ってる。というか、気づいているよ」
 放課後の、教室で。お互い友人を待っている二人は淡々と言葉を交わした。
「察しがいいのね」
「あれだけやられたらだれでも気づくよ。……彼女でもない限り」
「ん、まぁあの子のあれは問題ね。でも、はっきりしないあんたも悪い」
「あれよりももっとはっきりしろ? 難しいこと言うね。俺は精一杯嫌っているけど?」
「あの子は気づかないわよ、あれぐらいじゃ」
「面と向かって嫌いとでも言えって?」
「そうよ、わたしみたいに」
「難しいこと言うな……」
「わたし、あんたのそういう中途半端な優しさも嫌いよ。あと、人によって態度変えるところ。ねぇ、僕とか俺とか使い分けてて辛くない?」
「別に? 使い分けているという認識もなく自然にでてくるから。……それと、残酷なぐらい優しいとかはよく言われる」
「……その人、上手いこというのね」
「言ったらきっと苦笑するね」
「その人があんたの好きな人?」
「……まぁね」
「はやく付き合っちゃいなさいよ。そしたら、杏子も諦めるわ」
「どうかな? まず、付き合うのが難しいね」
「なんで? あんた、嫌われてるの?」
「いや、脈はあると思うけど……、色々あって」
「ふーん。年上?」
「まぁ」
「……あんた年上好き?」
「どうだろう? 少なくとも西園寺さんは俺の好みからかけ離れているよ。顔からして」
「それを本人に言ってあげなさいよ」
「冗談だろ?」
「それぐらい言わないと杏子は気づかないわよ」
「普通は気づくぞ、今の状況で」
「気づかないのよ。昔からそう。誰かに恋するとその人しか見えなくなる」
「……よく、彼女と幼馴染やってるよな」
「わたしがいないと誰が杏子を止めるのよ」
「まぁ、ね」

 がら、
 ドアが開く音に、榊原龍一と海藤こずもは黙った。
 噂の人物、西園寺杏子がにこにこしながら入ってきた。
「何何何? なんの話してるの? キョーちゃんも混ぜて」
「別に」
「たいした話はしてませんよ」
 龍一とこずもはそう言い切った。
 がら、
 もう一度ドアがあいて、今度は巽翔が入ってきた。
「待たせた」
「いや、勝手に待ってただけだし」
 そういって龍一は鞄を持って立ち上がる。
「なぁに、二人でどっか遊びにいくの? キョーちゃんも混ぜて」
「無理ですよ」
 龍一は笑顔のままそういいきる。
「なんでぇ」
「杏子、わがままいわないの」
 そういって諌めたこずもが露骨に不愉快そうな顔で龍一をみた。
 だから、これ以上はっきりしろと?
「知り合いがお菓子を焼きすぎたというので、ご馳走になりに行くんです」
「お菓子が目当てじゃないだろう?」
 隣でぼそりと呟いた翔の足を龍一はさりげなく踏んだ。
「それじゃぁ」
 それだけ言って、杏子の視線を逃れるように教室をでた。

 ぴしゃ、
 ドアが閉まる。
 放課後の教室には杏子とこずもの二人だけが残された。
「……何の話してたのー」
「別に?」
 こずもは肩をすくめて鞄を手にとった。
「知らない方がいいこともある。あえて言って欲しいのならね、杏子。全然あんた相手にされてないから諦めなさい、榊原のこと」
 杏子はきょとんとしてこずもをみていたが、やがて不満そうに答えた。
「えー、なんでー」