「……これが?」
 彼女が抱えている包みをおそるおそる覗き込みながら尋ねる。
「そうよ、可愛いでしょう?」
 そう言って笑う彼女は母親の顔で、僕の知っている彼女とは違っていた。
「名前、決めた?」
「うん」
 彼女は手元の赤ん坊をあやしながら言った。
「上総」
「上総?」
「そう、梓と上総」
 そういってくすくすと梓ちゃんは笑う。自分の子どもをあやしながら。
「上総ちゃんか」
「そう」
 そういうと彼女はにやりと笑い、
「ちょっと抱っこしてみたら?」
 そう言って僕が返事をするよりも前に上総ちゃんを僕に手渡した。慌ててバランスをとりなおす。
「あ、梓ちゃん」
 我ながら情けない声をあげたけれども、梓ちゃんは笑っているだけだ。こんな人が母親で大変だ。
「温かいでしょ?」
 上総ちゃんの髪を撫でながら、梓ちゃんは言う。
「貴方はこういう温かさに触れるべきだわ。爬虫類じゃあるまいし」
 そういって微笑む。それから僕の手から上総ちゃんをとった。少しだけ赤ん坊の温かさが手に残っていた。
「ほぉら、上総」
 梓ちゃんは上総ちゃんの小さな手のひらを掴むと、それを僕のほうへ振ってみせる。
「相模よ〜。長よ」
 彼女は一点のよどみもなくそう言うから、僕はそれについて異論は挟まなかった。そちらの方が、僕にも梓ちゃんにも上総ちゃんにもいいことなのだ。世の中知らない方がいいことがある。
 僕は微笑みながら、上総ちゃんの小さい手を握る。

「よろしく、上総ちゃん」