ちりん、
「やぁ、いらっしゃい」
 ドアにつけた鈴の音に顔を上げ、お客の正体を見極めると小春夏彦はそう言って笑った。
「こんにちは」
 客人もそう言って笑った。もっとも、小春は彼が笑っていないところなど見たこと無いが。
 午後2時半。店内には他に誰も居ない。
 彼は迷わず、小春の前のカウンターに座った。
「コーヒーと、あと何かケーキを」
「かしこまりました」
 いつもと変わらない注文をして、既にお決まりとなった行動をとる。つまり、コーヒーを入れて本日のお勧めのケーキを出すという行為。
「ブルーベリーのタルト、でいいですかね?」
「ああ」
 マニュアルどおりの質問をする。もっとも、この喫茶店には店主である小春以外に店員は居ないのだから、マニュアルなんてあってないものだが。
「それにしても、久しぶりですね、相模さん」
 コーヒーとタルトをおきながらそう言うと、相模は軽く肩をすくめた。
「仕事で少しばかり出張に行っていてね。その間の上総ちゃんの夜ご飯事情が心配なんだが」
 どこまで本気なのかわからない言葉に苦笑する。
「元気そうですよ。むしろ、元気じゃない彼女が想像できない」
「ならいいんだが」
 そう言ってコーヒーに口をつける。
 小春はいつも通り、この奇妙な青年と入学式のその日からこの喫茶店に入り浸っている女子高生との関係を考える。
 女子高生、甲斐上総の方は相模のことを「親代わり」と言っていたが、そんなに年の差があるようにも思えない。というか、もう一人「武蔵」という人を親代わりとして紹介されている。
 客のプライバシーには首を突っ込むべきではないのはわかっているが、彼らの関係は気になって気になってしょうがないのだ。そもそも、この持ち前の好奇心と冒険心が彼に喫茶店のマスターという職業を選ばせたのだから。
「……結局、相模さんと上総ちゃんってどんな関係なんですか?」
 もう何度目になるかわからない質問をしてみる。相模の答えはいつもと同じで
「僕は上総ちゃんの保護者だよ」
「それにしては、相模さん若いですよね」
「ああ、永遠の23歳さ」
 この調子だ。軽く笑ってはぐらかされる。小春はあきれて肩をすくめた。

 *

 他愛も無い話をして、気付くと時計の針は午後三時。
「……そろそろ、来ますよ」
 この喫茶店のまん前にある和浦高校はそろそろ授業が終わる。
「そうか」
 こういうと彼はすぐさま立ち去るか、ずっと居座るかのどちらかだが、今日はしばらくここにいるつもりらしい。すました顔でコーヒーを飲んでいた。

 *

 ちりん、
「こんにちはー」
 元気よく入ってきた、甲斐上総はカウンターをみて眉をひそめた。
「相模」
「やぁ、上総ちゃん」
 にこやかな笑みを浮かべて彼は言う。
「今日、京都から戻ってきたんだ」
「ふーん、そう」
 嫌そうにそういうものの、小春の目には上総が少しだけ喜んでいるように見えた。
「きちんと食事しているかい?」
「一応はね」
「上総ちゃんは料理ベタだからなぁ」
 遠い目をしていう相模に
「相模っ!」
 上総は怒鳴った。

 そんな光景を見ていると、やっぱり小春にはわからなくなるのだ。この二人がどういう関係なのか。
 仲のいい、少し年の離れた兄妹にも、恋人にも、そして、それこそ親子にだって見えてくる。二人に聞いてもはぐらかされるだけだが。

 ちりん、
 鈴の音が響いて、小春を現実へと引き戻した。
「いらっしゃいませ」